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10. 従者の心、主知らず

 

 婚活の手始めにと、リンティアナは国内の有力貴族全員に手紙を出した。まずは自国内で交友関係を拡げようと思ったのだ。


 勿論、いきなり『おい、結婚しないか?』なんて不躾な言い方はしていない。あくまで様子見として、第八皇女主催の茶会を開くので出席してもらえないかと打診したのだ。


 王家主催の茶会など、大抵は『交友関係を拡げると見せかけたプレお見合い』以外の何物でもないので、貴族らにはリンティアナの真意が正しく伝わっている。その結果、お断りが相次いでいるのだ。それも、ほぼ全員から。


 届けられる返答のどれも、貴族の面倒な慣習に沿って長ったらしい賛辞と謝意が便箋二枚ほどに渡って綴られているのだが、要約するとどれも『第八皇女とお見合いとか畏れ多すぎる(っていうか正直怖い)』という内容だった。


「だから無理ですって。リン様がとんでもない魔法ゴリラなのは、この国の貴族なら誰もが知ってます」


 呆れを載せた溜息を吐いて、アルトランテが言う。


「アル、あんた仮にも主人に向かって魔法ゴリラって……。せめてもうちょっと可愛い動物にしてよ。っていうか、この世界にもゴリラいるの?」


「いますよ」


「いるんだ……」


 ゴリラいる。

 謎の衝撃にリンティアナはしばし言葉を失った。前世でも動物園で数えるほどしか目にしていない動物が、この世界にもいる。なんだか不思議な衝撃だ。


「大体あなた、社交なんかほぼしてこなかったでしょ」


 ゴリラの衝撃に浸るリンティアナを横目に、アルトランテが話を戻す。


「う……だって鍛錬が忙しかったし……。そ、それに最低限は顔出してたわよ!」


 新年の皇族挨拶とか、とバツが悪そうに小さな声で言い訳を続けるリンティアナ。


 三歳で前世を思いだし、ついでに魔法帝のスキルを開花させてから、リンティアナの生活は『打倒魔王』が中心だった。そのため、あちこちの茶会で高位貴族たちに顔を売るという皇女として大切な公務を、父皇帝により全て免除されてきたのだ。


 新年の祝賀会や十五歳のデビュタントの夜会には出たが、それすらも『出た』という事実を得るためだけの超短時間の出席だったため、国民はおろか高位貴族の面々さえもリンティアナと言葉を交わしたことは無い。

 その結果、第八皇女は両陛下譲りの美しい黒髪を持つという事実以外には、何一つ社交界に広まらなかったのだ。


 そうしてつい先日、突如として第八皇女が実は伝説の『魔法帝』で、まさかの単騎で魔王を討伐したことが全世界に知らされた。社交界のみならず国内外の至る所で、それはもう大変な騒ぎになった。


 未だリンティアナの見た目も人となりもほとんど知られていない中で、前代未聞の魔法ゴリラであることだけは知れ渡ってしまったのだ。

 第八皇女は猛獣のごとき女傑に違いない。そう噂されるのも致し方が無いだろう。権力も腕力もヤバいゴリラと結婚はちょっと……と思われるのも無理はない。


 更に言えば、リンティアナは稀少な鑑定魔法も息を吸うように使いこなす魔法帝だ。

 どれほど政略的に美味しかろうとも、どんな些細な嘘も一発で見抜かれると思えば、二の足を踏むのも当然だ。貴族など皆、大なり小なり腹に一物抱えた者ばかりなのだから。


「そんな無断で鑑定するような失礼なことしないわよ! ……多分!」


「多分て。まぁ、あなたがするかしないかではなくて、しようと思えば出来ることが問題なんですよ」


 リンティアナの抗議をぴしゃりと正論で跳ねのけるアルトランテ。

 その通り過ぎてぐうの音も出ないリンティアナは、頬を膨らませて悔しそうに歯噛みした。


 そんなわけで、巷ではリンティアナはとんでもない見た目の魔法ゴリラということになっている。

 おかげで寄ってくる男はゴリラだって手懐けてみせると宣う自信過剰な馬鹿か、皇女が魔法帝であることを信じていない馬鹿か、全く何も考えていない馬鹿のどれかだ。

 当然、そんな男たちがリンティアナのお眼鏡に適うはずもない。


「リン様、これでわかったでしょ。婚活なんて時間の無駄ですよ」


 ばっさりと切って捨てるアルトランテ。ここまで無礼だといっそ清々しい。

 相次ぐお断りの手紙にリンティアナ自身も薄々そんな気がしていたが、こうもハッキリ言い切られると流石に堪える。


「なんでよぉ……今度こそ幸せになれると思ったのに……」


 侯爵子息から届いたばかりの翡翠色の手紙を放り出し、リンティアナは執務机に突っ伏した。

 王宮の使用人たちによって日々念入りに磨かれている机は艶々のピカピカで、鏡のようにリンティアナの顔を映す。


(やっぱ私可愛いわ……情けない顔しててもこんなに可愛いんだから、ゴリラの誤解さえ解ければ何とかなるんじゃない?)


 リンティアナがそんなことを考えているとは露知らず、突っ伏したまま黙り込んだ姿を見て、アルトランテは内心でほんの少しだけ焦った。

 流石に言い過ぎただろうか。そう心配しながら歩み寄り、小さく咳払いをする。


「その、婚活なんかしなくたって、リン様には俺が……」


「そうよ、こんなに可愛いんだからまだ諦めないわよ!!」


 完全に被った。

 アルトランテの言葉には気付かず、リンティアナはガバリと立ち上がった。

 不運にも顎に勢いよく頭突きをされる形となったアルトランテは、続くはずだった言葉を飲み込んで数歩よろけた。ちなみにリンティアナは『物理攻撃無効』の魔法を常に展開しているのでノーダメージだ。


「ねぇ、国内がダメなら国外は!? 皇族なんだから国外で婿を探すのもありでしょ!? 手始めに隣国の第二王子とかどう? 確かまだ結婚してないよね!?」


 良い案を思いついたとばかりに、リンティアナはやる気に満ちた顔でアルトランテに詰め寄る。

 華奢な眼鏡をかけ直し、ジンジンと痛む顎を押さえながら、アルトランテは何度目かわからない深く重い溜息を吐き出した。


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