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11. 国外進出

 

 自国に婿がいないなら、よそで探せばいいじゃない。

 そう閃いたリンティアナだったが、そう簡単にはいかないのが現実だ。


 相当に親密な間柄でない限り、一国の皇族や王族が他国を訪問する際には、少なくとも二ヶ月以上前に通達をしなければならない。迎える側にも準備が必要だからだ。


 思いついたら即行動派のリンティアナがいくら望もうとも、他国に「ちょっと婿探しに来ました!」と気軽に訪問するわけにはいかない。


 曲がりなりにも十八年間この世界で皇族として生きてきた身なので、それは理解している。だが『鉄は熱いうちに打て』が信条のリンティアナとしては、悠長に二ヶ月も待っていられない。こうしている間にも結婚適齢期はじりじりと過ぎ去っていく。


 さてどうしたものかと思ったとき、ちょうどよく隣国への公式訪問予定があると耳にした。

 エリュシオンの国境に接する三つの隣国のうちの一つ、ザルツイェーレン王国の建国五百年を記念した式典だ。一年以上前から招待を受け、リンティアナの三番目の兄である第三皇子が皇帝の名代として出席する予定だった。


 ザルツイェーレンには父皇帝の妹である皇女スマラクトが嫁いでおり、そのスマラクトとザルツ国王との子、つまりリンティアナの従弟にあたる第二王子がいる。

 年齢は一つ下の十七歳。まだ会ったことは無いが、叔母スマラクトに似て聡明で、見目も大層麗しいと評判だ。ちなみに未婚。婚約者もまだいないらしい。


 これはもう、渡りに船以外の何物でもない。リンティアナは即座に名代の権利を奪……もとい、代理の代理として手を挙げた。


「リオポルダ兄様、本当に宜しいのですか?」


「ああ、いいぞ! 俺はつまらん夜会に出るより鍛錬をしている方が万倍楽しいからな!」


 はっはっは、と豪快に笑うのは、リンティアナの三番目の兄で帝国騎士団副団長をしている第三皇子、リオポルダだ。


 今年でちょうど三十歳。少し赤みがかった黒髪に、眩い金色の瞳。右目の下に小さな泣き黒子があるのだが、セクシーというよりも愛らしい印象だ。きっと太陽のように明るい笑顔のせいだろう。


「スマラクト叔母さまに宜しく言っておいてくれ!」


 ニカッと白い歯を見せて、リオポルダは少年のように笑った。

 人懐っこい笑顔は温和な大型犬そのものなのだが、こと戦闘となれば一気に顔つきが変わるというのだから驚きだ。

 戦闘系最上級のスキル『英雄』を持って生まれ、ひとたび戦場に出れば圧倒的な強さとカリスマ性で敵味方関係なく虜にするのだとか。


「お任せください、兄様」


 にっこりと約束を交わし、無事に名代権を手に入れたリンティアナは心の中で盛大にガッツポーズをした。




 ***




 この世界には三つの大陸がある。

 一つは遥か西にあると謳われ、数千年の間その実在を確認できた例はない古代種エルフの住まう西方大陸。もう一つは魔族の地、北の魔大陸。それら二つの大陸と危険な海域で分断された一際大きな大陸が、人間の住む中央大陸だ。


 中央大陸の半分ほど、危険海域と接する北側ほぼ全てがエリュシオンの国土だ。残りの南側に大小あわせて十二の国があり、その中でも二番目に大きい南東の大国がザルツイェーレン王国だ。


 エリュシオンの現皇帝アレクサンドリートの妹、皇女スマラクトが嫁いでおり、さぞかし友好的な関係だろうと思いきや。その婚姻のときの騒動が原因で、皇帝はザルツイェーレン王国を蛇蝎のごとく嫌っている。


 公式のザルツ訪国は一度も無し、私的な訪問も皆無だ。

「どうか一度だけでも」と再三に渡る招待を受けても、継承順位の低い皇子や皇女たちを名代に立てるばかり。


 皇帝本人はおろか、皇妃や皇太子にも訪国を許したことは無い。これは『貴国に対して心を許すことは決して無い』という意思表示にほかならず、歴史の授業中にこの事実を知った時は、当時九歳のリンティアナも流石に頭を抱えた。


 大国の皇帝が、ここまで大っぴらに怒りを表すなど尋常ではない。それもほぼ四半世紀に渡ってだ。

 リンティアナが生まれる前から、そして十八歳になった今も、父皇帝はザルツイェーレンの「ザ」と聞いただけで眉根を寄せる。その怒りは相当なものだと実感せずにはいられない。


 無論、今回も父皇帝は皇位継承権第三位という身分を持つリンティアナアを行かせることに猛反対した。

「ダメーッ! リンたんは絶対ダメ!!」と風体に似合わぬ地団太を踏んでいたが、リンティアナの一度決めたら曲げない頑固な性分を嫌というほど知っているせいだろうか。渋々ながらも了承するまでに、そう長くはかからなかった。


 今回の式典のメインはザルツイェーレン王国の建国五百年記念だが、合わせて第一王子の立太子と婚約発表も行う予定だそうだ。

 世代交代をしても友好国(一応)でありたいと願うザルツ側としては、この式典にエリュシオン皇帝は無理でも、せめて第一皇位継承権を持つ皇太子に出席して欲しい。その旨を幾度となく打診してきたのだが、エリュシオン側の返答は当初と変わらず第三皇子。


 皇太子に子もある今、第三皇子リオポルダの皇位継承順位は五位と低い。エリュシオンにとってのザルツイェーレンの位置付けが低いと言われているのと同義だ。


 無論、だとしてもザルツ側は選り好みできる立場ではなく、諾々と従うほかない。開催まであと一月を切っても、ザルツ諸侯の面々は『何かしらの奇跡が起きて皇帝が心変わりしてくれないだろうか』と一縷の望みを持っていた。そこへ、今回の名代変更だ。


 リンティアナの皇位継承権は皇太子とその息子に次いで第三位。更に、つい先日第八皇女が魔王を討伐したという公式発表が出たばかり。

 世界を救った稀代の魔法帝の訪国とあらば、それは一国の皇帝や皇太子を呼ぶよりも遥かに稀少で誉れ高いことと言える。


 ザルツイェーレンから矢のような速さで届いた名代変更を快諾する返事に、リンティアナは「ふっ、計画通り……」と満足そうににんまりと微笑んだ。


 横からアルトランテが「うわ、すっごい悪い顔」と聞こえるように呟いたが、この従者の不敬は今に始まったことではないので、華麗に聞き流した。


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