↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/55

12. 旧友との再会

 

 晴れてザルツイェーレンへの訪国が決まり、すぐにでも魔法で飛んでいきたいところだが。今回はあくまで皇族としての公務だ。きちんと手順を踏まなければならない。


 まず自国の辺境伯領まで魔法移動し、そこに数日滞在する。その間にザルツ側へ予定通り訪問すると先触れを出し、馬車でザルツ王都まで丸三日ほどかけて粛々と移動するという手はずだ。

 こっそり馬たちに強化魔法を施すつもりではいるが、それでも二日はかかるだろう。


 徒歩移動が厳命されている皇宮以外では魔法移動が基本のリンティアナにとって、何とも面倒極まりない手順だ。だが、ザルツイェーレンはエリュシオンほど魔法に明るくない。あちらの警備事情も鑑みず、転移魔法でパッと王都に現れればどうなるか。


 リンティアナにその気はなくとも、ザルツ側からすれば『お前らの国など、いつでも簡単に攻め落とせるんだぞ』という脅しだととられてもおかしくはない。

 まして長年冷戦状態にある相手だ。悪戯に能力を見せつけ刺激してしまうことが無いよう、然るべき配慮が必要なのだ。


(面倒だけど、こういうのって案外大事だからなぁ)


 前世でも政治家の些細な言動が国同士の問題に発展した例は多々あった。ニュースを見ながら「偉い人は大変そうだな」なんて、完全に他人事だと思っていたのだが。国の中枢にいる身となった今は、面倒だからと投げ出すわけにはいかない。


 何だか随分と遠くに来たような心持ちになって、リンティアナは移動の計画書を眺めながら少しだけ苦笑いした。




 ***




「お待ちしておりました、第八皇女殿下」


 ずらりと並ぶ使用人たちを後ろに従え、年若い女性が見事なカーテシーで挨拶をする。ウィンフィールド辺境伯家当主の末妹、マチルダ・ウィンフィールドだ。


 ウィンフィールド辺境伯家には、その自然豊かな領地を映したような深い緑色の髪と瞳が多い。マチルダも美しい緑色の髪を右側頭部で一つにまとめ、生気に溢れる新緑色の瞳を輝かせている。優秀な騎士を多く輩出する辺境伯家に相応しい、溌剌とした印象だ。


 エリュシオンにおいて、辺境伯爵という特殊な爵位を与えられた家は二つある。

 帝国の南東で広大な国境線を守るウィンフィールド辺境伯家と、南西の国境線を守るゼアヒルド家だ。


 特にウィンフィールド家は歴史も長く、由緒正しい忠臣の家系だ。当代の当主は女性で、女辺境伯として婿を取り、家督を継いだ今も尚最前線に立つ女傑。リンティアナたちが辺境伯家に到着したこの日も、広大な国境線を守るために遠征に出ている最中だった。


 常ならば皇族の来訪を当主不在で迎えるなど不敬に当たるが、ここ辺境伯領では違う。昼夜を問わず『国のために働いてこその辺境伯』だと誰もが認識しているのだ。そのため、皇族の来訪を無視しようが、国主催の大舞踏会を欠席しようが、辺境伯だけは咎められることは無い。


 更に言うならウィンフィールド家は、リンティアナが修行していた頃に大層世話になった家でもある。剣術の師匠がウィンフィールド家出身の第四側妃ブリュンヒルデだからだ。


 その縁で度々ウィンフィールド家自慢の大修練場を訪れたり、ウィンフィールドの子らとも会っている。特に現当主の末の妹のマチルダとは年が同じこともあり、共に修行をした仲だ。


「ブリュンヒルデ叔母さまはお元気かしら?」


 マチルダがやや砕けた言葉遣いでリンティアナに話しかける。


「ええ。昨日も『次の休暇には竜を狩りに行く!』とご機嫌だったわよ」


「叔母さまらしいわ」


 目を見合わせ、二人でくすくすと笑う。


 側妃ブリュンヒルデの皇家への輿入れは、辺境伯家との繋がりをより強固にするためのものだった。

 政略婚は貴族令嬢の定めとはいえ、常日頃から皇帝本人が『皇妃以外を寵愛することは無い』と公言しているものだから、難色を示すご令嬢も少なくなかった。だが、ブリュンヒルデは自他ともに認める『影』時代の皇妃ガチ勢のため、あからさまな政略婚の打診にも二つ返事で了承したのだという。


 余談だが、リンティアナの実母である皇妃リーリアは女性人気がすこぶる高い。その強さと美しさもさることながら、芯のある生き方に憧れる者が多くいるのだ。それは皇族も例外ではなく、四人いる側妃の全員が、もはや皇帝よりも皇妃に忠誠を誓っていると専らの噂だ。


「それにしても、リンティアナ。あなた相変わらずみたいね」


 視線をやや下に向け、マチルダが芝居がかった仕草で溜息を吐く。次いで腕を組み、豊かな胸を強調するように揺らして見せた。紛うことなき見せつけだ。


 リンティアナは不満そうに唇を尖らせて眉根を寄せた。常ならばそんな風に感情を顔に出すことはしないが、この旧友に対してだけは別だ。


「あなたも相変わらず意地が悪いわね、マチルダ」


「あら、多少の性格の悪さは淑女の嗜みよ」


 ほんの束の間にらみ合い、同時に吹き出して笑う。


 リンティアナにとってマチルダは、皇女であり魔法帝でもある自分相手にも遠慮しない、たくましい親友なのだ。おまけに面食い仲間でもある。

 共に修行をしていた頃は、辺境騎士団の中なら誰が好みだの、顔だけの男は駄目だのと、随分とませた会話を休憩時間いっぱい繰り広げたものだ。


 マチルダもリンティアナと同じく十八歳。貴族令嬢としてはとっくに縁談がまとまっていてもおかしくはない年齢だ。打診はそこそこ来るのだが、マチルダ本人がうんと頷く御縁がまだないらしい。


 マチルダの一番上の姉は入り婿を取り、騎士をしながら家督を継いだ現辺境伯当主。そして二番目の姉も、もう一つの辺境伯家であるゼアヒルド家に嫁ぎ、夫人兼騎士としておおいに活躍している。マチルダとしては『三番目の自分も活躍できるところに嫁ぐぞ!』と気合満々なのだ。


 ところが、彼女はリンティアナに負けず劣らずの面食いだ。ムキムキの騎士や兵士よりも線の細い都会的なタイプが大好物。当然、需要と供給はなかなかマッチしない。

 リンティアナは密かに「胸の大きさでは生涯敵いそうにないけど、結婚相手は先に見つけてみせる……!」と闘志を燃やしている。


「まぁ、ゆっくりしていって。お風呂も用意させてるから」


「本当!? ありがとう! マチルダの家のお風呂大好き!」


「ふふっ、知ってるわ」


 ウィンフィールド辺境伯家自慢の大浴場は、いわゆる天然温泉だ。

 山岳地帯特有の自然の恵みであり、辺境伯領の大事な観光資源にもなっている。打ち身や擦り傷が早く治ると辺境の騎士たちに大人気で、リンティアナも幼い頃に初めて浸かったとき、あまりの懐かしさに感涙してしまった。


 前世日本人のリンティアナにとって、温泉は癒しの象徴だ。顔だけクズ男との恋愛で身も心もボロボロになる日々のなか、近所のちょっとお高めのスーパー銭湯に行くのがたまの贅沢だった。


 ちなみに、この世界は完全なる『ご都合主義』だ。中世ヨーロッパ風の世界観かと思いきや、下水道完備、トイレは水洗、民衆の衛生観念も中世のようには悪くないという、清潔さで世界トップクラスを誇っていた現代日本出身のリンティアナには大変助かる仕様となっている。その上温泉まであるとなれば、原作を改変して生き残る気力も増すというものだ。


 実際にリンティアナは何度もこの温泉に救われた。

 熱い湯に浸かり、不安と涙を洗い流し、湯上りには当然のように待っているアルトランテに髪を乾かしてもらう。その一連の流れが、不安定だった修行中のリンティアナの心を随分と落ち着けてくれた。


「あ~~、久しぶりだけどやっぱ最高。気持ち良かった~!」


 久しぶりの温泉を心行くまで堪能した後。

 リンティアナは今回も、湯上りの黒髪をアルトランテに託した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。