番外編1:女傑の茶会、詳報 3/3
皇帝アレクサンドリートの護衛が懐妊したとの知らせは、瞬く間に高位貴族の間に広まった。婚姻前の懐妊発表も、その者が妃となるには到底不釣り合いな下位貴族家の令嬢であることも、何もかもが異例だった。
現第一側妃ヴェロニカは、当時、アレクサンドリートの皇妃候補筆頭の公爵令嬢だった。アレクサンドリートよりも三つ年下で、皇妃となるべく産まれ、最高水準の教養と治癒魔法を身に着けた彼女は、自分こそが皇妃たるに相応しいと信じて育った。
実際にはアレクサンドリートがヴェロニカを次期皇妃と認めていたわけではなく、あくまで側妃を含めた妃候補の一人にすぎなかったのだが。彼女の実家の公爵家は、リーリア懐妊の知らせに怒り心頭で猛抗議をした。
ヴェロニカも当初はその流れに乗って抗議をしたのだが、目の敵にしていたリーリアの芯の強さや人柄に触れ、すぐに考えを改めた。リーリアの裏表のない性格と歯に衣着せぬ物言いは、生まれた時から腹の探り合いばかりの貴族たちに囲まれて生きてきたヴェロニカにとって、何とも新鮮で清々しく、心地良かった。皇妃という座を争うライバルでありながら、二人は互いに得難い友となった。
「すっかり気に入ってしまったのよね」
あなたのことが。
視線でそう付け足して、ヴェロニカが笑うその視線を受け止めて、リーリアもまた面映ゆそうに微笑んだ。
「だから、迷いはなかったわ」
清々しい声でそう言いながら、ヴェロニカはニッと笑って見せた。
半ば強引に皇妃として立たされ、一人でも多く子を産めと急かされるリーリアのために、当時十七歳のヴェロニカは、自ら『責務と政略のための側妃で良い』と名乗りをあげたのだ。
何を馬鹿なことをと激高する父公爵に、自分の子が皇位を継ぐこともあり得る、そうでなくとも国の重鎮になることは間違いない、こうしている間に他の家に先を越されたらどうするのだと説得して黙らせた。
アレクサンドリートは、皇妃となるべく生きてきたヴェロニカの半生を知っていた。だからこそ、婚姻を決める前に問うた。「愛されぬ側妃でも良いのか」と。それはとても残酷で、けれど誠実な問いだった。
リーリアに対する愛を隠すことなく、偽りの愛を囁くこともない。その姿勢をヴェロニカはとても好ましく思った。
「だからね、言って差し上げたの。『女の幸せが男に愛し愛されることだけだと思ったら大間違いです。私、もう陛下よりもリーリア妃殿下を強くお慕いしていましてよ!』ってね」
誇らしげに笑うヴェロニカの横で、リーリアも照れ臭そうにはにかむ。
「予想外だったのでしょうね、陛下はポカンとしてらしたわ。あんまりじれったくて念押ししたの。『私が子を産むことでリーリア様の負担を減らせるのなら、喜んで側妃となりましょう。もとよりこの身は国のためにある。与えられた環境と教育を最大限正しく使うこと。それが私の矜持です!』って」
ヴェロニカは悪戯っ子のようにウィンクをして見せた。なんて格好いい女だ。リンティアナは心の底からそう思った。
ヴェロニカの言う通り、彼女は父皇帝よりも母リーリアに対して情が深いのだろう。同じ夫を持つ複雑な立場にあっても尚、固い信頼と友情で結ばれた二人が羨ましいとさえ思う。
「はぁ~~、何度聞いても素敵だわぁ!」
エリーザベトが頬を染め、うっとりと呟いた。
「……お母様の選択、尊敬します」
マルガレーテは僅かに瞳を潤ませている。自らも結婚し、子を持つ母でもある二人の姉たちには、感じ入るところが更に多いのかもしれない。
***
ヴェロニカが第一側妃として城に上がることが内定し、これ以上ない援軍を得た皇妃リーリアは、それ以降ほぼ無敵状態になった。心身ともに逞しいダンテ家直系の本領発揮と言ってもいいだろう。
「安定期に入ったから」と身重の身体で夜会にも出席し、方々の上位貴族たちに顔を繋いだ。
嫌味や嫉妬の声は無論のこと、時にはわざと足を掛けるなどの直接的な嫌がらせをしてくる輩もいた。けれどリーリアは持ち前の身体能力と神経の太さで全てを正面から跳ね返し、心配して隣に付いて回っていたヴェロニカを何度も呆れさせた。
例えば、こんなこともあった。とある夜会に出席した際に、気性が荒いと評判の侯爵家のご令嬢と、その取り巻きたちに絡まれたのだ。
「皇妃には、やはり祝福の名を持つ者が相応しいのではないかしらぁ?」
煌びやかな扇子で口元を隠し、侯爵令嬢はそう言った。美しい羽根細工の下では意地悪な笑みを零しているのが手に取るように分かった。
彼女が言う『祝福』とは、皇族や高位貴族だけが持つ『祝福のミドルネーム』のことだ。慣例として相応の身分を持つ者だけに贈られるもので、貴族でも伯爵以下の者が持つことはほぼない。
皇帝アレクサンドリートのフルネームはアレクサンドリート・エル・イエル・エリュシオン、第一側妃のヴェロニカはヴェロニカ・エル・オルガ・エリュシオン。皇妃といえど子爵家出身のリーリアは、エルから始まる祝福のミドルネームを持たない。
侯爵令嬢は、祝福の名を持たないエリュシオン史上初の皇妃であるリーリアと、祝福の名を持ちながら第一側妃という立場に甘んじているヴェロニカ、その双方に喧嘩を売ったわけだ。
「……ええ、私もそう思いますわ。本来ならばね」
ふう、と溜息を吐きながらリーリアは言った。反論しようとするヴェロニカを目で制し、困ったように眉を寄せ、やや芝居がかった声音で続ける。
「陛下のお眼鏡に適う『祝福の名を持つご令嬢』がヴェロニカ様しかいらっしゃらなかったこと、私も臣として実に嘆かわしく、誠に残念に思います」
「な……っ!」
侯爵令嬢の眉が不快そうにピクリと揺れた。無理もない。リーリアの言葉の裏にあるのは「素晴らしい祝福の名を持つはずのあなたは、これっぽっちも陛下に望まれなかったわね!」という純度百パーセントの嫌味でしかないからだ。
わなわなと肩を震わせ、扇子を折らんばかりに握りしめている侯爵令嬢に、リーリアは尚も追撃を繰り出す。
「皇妃として望まれた以上、私は身命を賭して陛下にお使えしていく所存ですわ。ああ、そうそう。陛下の側室選びは私に任されていますの。お耳の早い方は既に皆様ご存知ですわ」
「えっ」
ポッと出のリーリアに、そんな大事な権限が与えられているとは予想だにしていなかったのだろう。侯爵令嬢は目に見えて狼狽え、取り巻きの令嬢たちもソワソワとし始めた。「これヤバいんじゃ……」という顔をする者もいれば、何を期待しているのか身なりを整え出す者もいる。
リーリアはたっぷり一分ほどかけて彼女たちを見回し、それからとびきりの良い笑顔で言った。
「皆様にも、良い殿方とのご縁があるよう願っておりますわ!」
お前らは無い。そう言っているのと同義だ。完全にプライドを折られ、側室に選ばれるという僅かな希望も潰えた侯爵令嬢と取り巻き達は、失意のうちにすごすごと引き下がった。
あの性悪な侯爵令嬢を華麗に撃退してみせたとして、その後しばらくの間、数々の夜会でリーリアの武勇伝が話題に上ることとなった。
「あのとき、やっぱりあなたは面白い女性だと再認識したのよね」
「やめて頂戴、あの頃のことは本当に……あぁもう、恥ずかしい」
慈愛たっぷりの笑みを零すヴェロニカに、リーリアは決まり悪そうに溜息を吐いて、頭を抱える。
「リーリア様とリンティアナって、本当にそっくりよねぇ」
「そうね。見た目に反して、かなり攻撃的なところとか」
姉たちが楽し気に言う。概ね事実なので、返す言葉もない。
母リーリアの、やや火力強めの気性を存分に受け継いでいる自覚はリンティアナにもある。更にそこに皇族由来の膨大な魔力と父の攻撃性まで加わっているのだから、どちらかというと母よりもリンティアナの方が厄介な存在だろう。この母にして、この子ありだ。
「惚れた相手には弱いところも、リーリアに似ていそうなのよね……」
ふぅ、と意味ありげな溜息を吐きながら、困ったようにヴェロニカが言う。隣のリーリアも、不本意そうな顔をしながらも賛同するようにうんうんと頷いている。
「ああ、心配だわ。アルトランテの顔に簡単に流されては駄目よ?」
「その通り。もし手を出されたりしたら、すぐにこの母に言いなさいね」
眉を寄せ、真剣な顔でヴェロニカとリーリアが口々に言う。母リーリアに至っては拳を握ってブンブンと物騒な素振りまでしている。
しつこいほどに念を押す母たちの圧に気圧され、リンティアナは心の小人とともに、胸中で盛大な溜息を吐いた。
了
ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございます。
これにて番外編1は完結です。
もう一本、その後のリンティアナとアルについての番外編を投稿予定ですので、宜しければお読みいただけると嬉しいです。
短編シリーズやその他の作品も少しずつ出していくつもりなので、そちらも読んでもらえると有難いです⋯!
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