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番外編1:女傑の茶会、詳報 2/3

 

 多忙な父皇帝と母皇妃の代わりに、アレクサンドリートを育てたのは他ならぬ姉のベルンシュタインだった。

 彼女の存在が無ければ、膨大な魔力と魔法の才を持って生まれたアレクサンドリートは、とてもまともな人間には育たなかっただろう。


「……姉上がフォブリオールに嫁ぐことになった。止められなかった」


 力なく、そう呟いた当時のアレクサンドリートは十六歳。

 母皇妃を亡くし、悲しむ間もなく後継として日夜あらゆる国政を父や宰相から学んでいた時期だ。その全てに付き添い、護衛兼従者としてずっと側にいたリーリアは、まだ十二歳だった。


「全て父上のせいだ……父上が皇帝としての責務を果たさなかったから……!」


 悔し気に言うアレクサンドリートの、強く固く握りしめられた拳から血が滴った。リーリアは何も言えずに、ただそっと自分の懐から出したハンカチでその血を拭った。


 エリュシオンはいつの時代でも大国だが、この頃は少し様子が違った。アレクサンドリートの父皇帝は皇家の慣例を破り、側室を一人も持たず、亡き皇妃ただ一人を生涯愛し続けることを選んだ。心に決めた一人を愛し抜く価値観は国民に広く受け入れられたが、その結果どうなったか。


 皇位簒奪を狙う不届き者や、エリュシオンの衰退を虎視眈々と狙う他国によって、たった一人の男児であるアレクサンドリートは常に暗殺の危険に晒された。

 数少ない皇女として、姉にも幼い妹にも山のような政略婚の打診が連日押し寄せた。姉のベルンシュタインは当時十七歳。妹のスマラクトに至っては、まだたったの二歳だった。


 フォブリオールとザルツイェーレン。隣接する大国との絆を深めるための政略婚は、瞬く間に決められた。

 姉も、妹も、父母のような想い想われる恋愛結婚など夢に見ることも許されない身となった。


「父上のせいで……いいや、俺に力がないせいで……!」


 唇を噛み、アレクサンドリートは絞り出すように呟く。今はこれが国を守る最善の手だと、嫌と言うほどわかっているからこそ、やり場のない苦しみが胸中で渦を巻いた。


 政略婚は貴族の務めだ。皇族ともなれば尚のこと。そのなかで己の愛を貫いた父皇帝を、アレクサンドリートは尊敬したい一方で恨めしく思った。

 父皇帝が慣例通りに側室を持ち、皇子も皇女も、もっと数多くいたのなら。他国に侵略の隙など与えないように、代々魔力の多い皇族を増やし、その力で国を守れたなら。姉も妹も、自分も。もっと自由で幸せな生を生きられたのではないか。

 半分は逆恨みでしかないとわかってはいても、年若いアレクサンドリートには感情を切り離すことが難しかった。


 尊敬と恨み、相反する重たい感情を抱え、アレクサンドリートの精神は荒れに荒れた。それを傍らで支え続けたのがリーリアだった。ときに励まし、ときに叱りつけ、ときにただ黙って側にいた。

 そうして姉ベルンシュタインが西の大国フォブリオールへ嫁いでからは、アレクサンドリートが涙を見せることが出来る相手はリーリアだけになった。


「お前だけだ、俺の側にいてくれるのは……」


 一日の執務を終え、明かりを少し落とした執務室で、アレクサンドリートはいつもそう言った。皇太子らしからぬ、弱く頼りなげなその声を知るのはリーリアだけだった。


 姉ベルンシュタインがフォブリオールの王弟大公と恋に落ち、それはそれは大切にされていると知っても、アレクサンドリートの表情が緩んだのは一瞬だった。

 母との死別、父との埋まらない溝、母のように慕ってきた姉との別れ。あと十年もすれば、妹も他国へと送り出さねばならない。血を分けた家族が次から次へとバラバラになっていく。そしてそれを止める術はない。

 皇太子として強くあろうとする反面、どうしようもなく湧き出る弱さを吐き出せる唯一の場が、リーリアの隣だった。


 そうして十八になる年に、アレクサンドリートは父の跡を継ぎ、皇帝として即位した。そしてそのときから、多くの子を為し皇族を増やすこともまた自分の使命であると公言するようになった。心にリーリアただ一人を想いながら、それでも皇帝としての責務を優先することを選んだ。


 それから一年が経つ頃には、リーリアもまたアレクサンドリートに特別な想いを抱えるようになっていて、だからこそ彼の側を離れる決心をした。護衛を辞して実家のダンテ家に戻り、婿を取る。そう告げたときのアレクサンドリートの顔と言ったら。




「泣きたいのか、怒りたいのか、わからない顔だったわね」


 薔薇色の紅茶を見つめながら、皇妃リーリアが穏やかに笑う。隣に座る第一側妃ヴェロニカも、どこか懐かしむような笑顔を見せた。


「ふふ、それからが大変だったのよね? あなたも、私も」


 ヴェロニカの問いに、リーリアは「そうそう」と言いたげに肩を竦めて見せた。




 リーリアが護衛を辞したいと話した日。アレクサンドリートは驚愕し、それから僅かに迷い、すぐに腹を括った。


「……今から、俺はずるい手を使う」


 そう宣言して、リーリアを担いで寝室まで連行し、ベッドに放り投げたのだ。ずるい手とはすなわち、既成事実を作って無理やり妃候補に留めることだった。


「本当にお前を想うなら、きっとここで手放すべきなんだろう。でも無理だ。どうしても。……すまない」


 リーリアを組み敷いたまま、アレクサンドリートは美しい顔を苦し気に歪めてそう言った。

 腹に皇帝の子がいるかもしれないとなれば、少なくとも次の月のものが来るまでは皇宮に留め置かれる。それをわかっていながら、リーリアもまた拒み切ることが出来なかった。事後避妊の知識はあったし、どうせ叶わぬ想いなら最後の思い出に一度だけ……と流されることを選んだ。


 ところが、だ。

 アレクサンドリートの執念が凄すぎたのか、はたまた相性が良すぎたのか。きっと運もアレクサンドリートに味方したのだろう。意識を失うほどに一晩中抱き潰され、リーリアはその一夜で見事に懐妊。アレクサンドリートの目論見通りとなってしまった。


「あのときは本当に……私も言葉を失ったわ」


 呆れ混じりに呟いて、ヴェロニカが苦笑いを零す。


「ごめん、でも私も不本意だったのよ」


「わかってるわよ。あの後、一番大変だったのはあなただもの」


 肩を竦めて、苦笑いし合うリーリアとヴェロニカ。確かな絆を感じられる気さくなやりとりに、思わずリンティアナの頬も綻んだ。


(う~~ん……、でも、お父様の所業については要審議よね……)


 前世の感覚からすれば、合意があったとしても成人済みの大人が十五歳の少女に手を出すなど言語道断だ。

 実の父であるからこそ、もしも当時居合わせたら鉄拳制裁をくらわすところなのだが。ここは異世界で、平均寿命も前世の日本のようには長くなく、貴族も庶民も十六~十七歳で子を産むのが当たり前の世界。それを鑑みれば、ぎりぎりセーフなのかもしれない。本当にぎりぎりだが。

 脳内で会議を開いていた小人とともに、リンティアナは渋々ながらも心の拳を収めた。


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