番外編1:女傑の茶会、詳報 1/3
<番外編1、全3話予定>
本編25.26話あたり
女傑たちの茶会にて交わされていた会話の詳細、本編に入りきらなかったオフカットです。
「わ、私の話はもういいですから……!」
晴れ渡る空の下、薔薇が咲き誇る庭園のガゼボで。ことさらにアルトランテとの仲を聞き出そうとする母や姉たちに向かって、リンティアナは言った。
「アルの話はもう禁止です! 何かもっとお茶会らしい話題にしましょう、えっと……あっ、ジスをテイムしたときの話とかは!?」
自分を取り囲む生暖かい視線に耐え切れず、リンティアナは半ば強引に話題を変えようとした。
全くお茶会らしい話題ではない上に、相手は酸いも甘いも噛みしめてきた人生の先達たち、一枚も二枚も上手の皇族女性陣だ。リンティアナの提案は華麗にスルーされ、今度はリンティアナの幼少期の話になってしまった。
「魔王をテイムだなんて……本当、リンは昔から男前なところがあるのよね」
「そうそう~。だから滅多に公の場に出なかったのに、女の子のファンがとっても多くてねぇ~!」
姉たちがきゃっきゃと昔を懐かしめば、給仕していた壮年の侍女がにこやかに話に加わった。
「マルガレーテ様やエリーザベト様は、デビュタントを済ませたら男性陣からのお誘いのお手紙がひっきりなしでしたが……。リンティアナ様は、お嬢様方からのファンレターばかりでしたねぇ」
皇妃宮の侍女長であり、皇宮全体の侍女を取り仕切る統括役でもある彼女は、家族以外でリンティアナが心を許す数少ない人間の一人だ。多忙な母皇妃に代わってリンティアナを育ててくれた人でもある。
「あの頃のリンティアナ様は少々ご気性が……アレでしたからねぇ」
黒歴史と呼んでも差し支えないリンティアナの少女時代のあれこれを知る侍女長の話は、母や姉たちの大好物だ。
例えば、リンティアナが八歳の頃。
貴族の令嬢令息が集められた皇家主催の交流会で、容姿は整っているが性格の悪さで有名だった年上の侯爵令息に対し、強烈な嫌味をお見舞いしたことがある。
件の侯爵令息は、爵位の低い家柄の令嬢令息たちを取り巻きとともに囲んで蔑むという、ある意味ラノベのテンプレのようないじめを度々行っていた。鍛錬優先でほとんど交流会に出ていなかったリンティアナは全く知らなかったのだが、周囲の大人たちも対応に苦慮していたらしい。
その日も、彼らは気弱そうな男爵令嬢を捕まえて「ドレスが地味でみすぼらしい」だの「よくそれで皇宮に来れたな」だのと粘着質な嫌味を繰り返していた。そこにリンティアナが偶然通りかかった。
慌てて礼をする侯爵令息に向かって「地味なドレスは脱げば終わりだけれど、あなたのそのクズみたいな性格は脱げないだろうから大変ね」と芝居がかった溜息を吐いて見せたのだ。
おまけにその男爵令嬢の魔力量を「まぁ、すごい! 彼の倍以上あるわね」と褒めたものだから、侯爵令息は真っ赤になって羞恥に涙ぐみ、男爵令嬢や周囲の女性陣はリンティアナに羨望の眼差しを向けるようになった。
こっぴどく侯爵に叱られたという令息は、それを機にすっかり大人しくなった。風の噂では心を入れ替え、父のもとで領地経営の勉強に励んでいるというから、ある意味では彼のためにもなったのだろう。
また、リンティアナが九歳の頃。
友人である辺境伯令嬢マチルダの姉の一人が、顔だけのクズ男に酷い扱いをされたとき。茶会の席でそれを聞いたリンティアナは、とびきりの笑顔で「そういう男はね、燃やせばよろしいのよ」と言って、瞬く間に相手の男の素性を調べ上げ、社会的に大炎上させたことがある。
マチルダの姉以外にも多数いたクズ男の被害者たちから情報を収集し、おしゃべりが三度の飯よりも好きな若い侍女たちに噂を広めさせ、マチルダの姉には「私が至らなかったせいなのです……」としおらしい態度を徹底させることで同情を集め、社交界で影響力が強い年上のご婦人方に『相談』という体でクズ男の所業を余すところなく報告させた。
古今東西、ゴシップほどよく燃えるものはない。それはこの世界でも同じだ。
そこそこの家の嫡男だったクズ男には不良物件のレッテルが貼られ、爵位は弟が継ぐことになり、現在に至るまで領地でひっそり居候暮らしをしているのだという。
リンティアナは思わずこめかみを押さえた。
何度聞いても、当時の自分の気性の荒さが恥ずかしい。『イケメンを見たら泥棒だと思え』と自分に言い聞かせていたあの頃のことは、子供特有の容赦のない攻撃性も相まって、文字通りの黒歴史だ。心の小人も蹲って羞恥に見悶えている。
(これ絶対、いつまでも言われるやつだ……お正月に親戚が集まると始まるやつ……)
きっといくつになっても言われ続けるのだろう。歴代最強の魔法帝も、家族の前では末っ子の八女に過ぎない。
「えっと~~~~、あのあれ……そうだ! 私の昔の話より、お父様とお母様の話が聞きたいです!!」
心のなかで小人とともにこめかみに指を当て、リンティアナは何とかその提案を捻りだした。強引すぎる話題転換だが、意外にも姉たちが乗ってきた。
「あらそうね、私も聞きたいわ」
「私もぉ~! 何度聞いてもキュンキュンするのよねぇ」
姉たちに賛同するように、第一側妃ヴェロニカもうんうんと頷いている。急に矛先を向けられた皇妃リーリアは困ったように眉を下げたが、満更でもなさそうだ。
「大した話じゃないわよ」と言いながらも、皇帝から贈られた大粒のイエローダイヤが煌めく腕輪を撫で、古い記憶を呼び起こすように目を伏せた。どうやら話す気満々のようだ。
***
皇妃であるリーリアと皇帝アレクサンドリートは、護衛とその対象として出会った。年はアレクサンドリートの方が四つ上の十四歳。リーリアは当時まだ十歳だった。
皇太子という地位に加え、艶やかな黒髪に気高い金色の瞳、そして最上位の雷魔法スキル『雷帝』を持つアレクサンドリートは、当時少し、というかかなり、暴君気質だった。誰しもが黒歴史を作りやすい年頃だったこともある。
年下の、それもまだ十歳という年端もいかぬ少女が護衛になるなど、血気盛んだった当時のアレクサンドリートは頑として認めようとはしなかった。だが、リーリアは『影』を司るダンテ家の直系。そのなかでも抜きんでた技量の持ち主で、暗殺、剣技、体術、闇魔法適性のスキルを持ち、その全てが上級以上。影ながら皇家を支えてきた長いダンテの歴史の中でも、稀有な存在だった。
「うわ……っ!?」
間抜けな声を上げ、アレクサンドリートは皇宮庭園の芝生に転がった。
「どうしても彼女を護衛にと言うなら、その技量が知りたい」と、側付きたちを黙らせてリーリアに手合わせを申し込んだのはアレクサンドリート自身。顔合わせの付き添いで来ていた彼女の父であるダンテ子爵も快諾し、開始の合図を聞いたのが三秒前だ。
「まだ続けますか?」
仮にも皇太子を、遠慮の欠片も無い不遜な態度で見下ろしながら、リーリアが問いかける。至って無表情で、なんなら少し面倒くさそうですらある。不敬だと怒っても良い状況だ。
けれどアレクサンドリートは、逆光に浮かぶリーリアを見上げながら、怒るどころか彼女が見せた類稀な才に惚れ惚れしていた。雷に打たれたような衝撃だった。
飾り気なく頭の後ろで一つに結ばれた彼女の黒髪が、とびきり良い馬の尾のようにさらりと風に揺れて、陽の光を受けてきらきらと輝く。その様子をじっと見つめながら、アレクサンドリートは問うた。
「お前、名は何という?」
「はぁ……もうお忘れですか。リーリア・ダンテです」
「皇太子に向かって溜息吐いたな、こいつ……」
青い芝生に転がったまま、アレクサンドリートは声を上げて笑った。周囲の者が驚くほど、常にはなく朗らかな笑顔だった。
この最初の出会いで、アレクサンドリートはすっかり心を鷲掴みにされてしまった。リーリアの確かな技術や気遣いは勿論のこと、他の女性たちとは全く違う辛口の塩対応も。表情の変化が今一つ乏しいところも、自分とは少し色味の違う黒髪も、澄んだ泉のようにひやりと冷たい青い瞳も。リーリアの何もかもが心を刺して、気付いたときには溺れていた。
だが、アレクサンドリートは姉と妹が一人ずついるだけの皇太子、次期皇帝だ。そんな男の寵愛をおいそれと受けるわけにはいかない、むしろ正直とてつもなく面倒くさい、と当時のリーリアは思っていた。だからアレクサンドリートの熱烈な求愛も、全てすげなく躱し続けた。
そんな二人の関係性が変わったのは、アレクサンドリートの母皇妃が出産を機に儚くなり、次いで姉ベルンシュタインが政略のために他国へ嫁いだときだった。




