51. 落着、婚活
「この際ですから、全部白状しますね」
帰路の飛行車に乗り込むなり、アルトランテが神妙な面持ちでそう言った。
「え……何、怖いんだけど」
いつものように靴を脱いだところだったリンティアナは、謎の緊張感に身構えた。いつものようにリンティアナの靴を拾い上げながら、真面目な顔でアルトランテが言う。
「どうせなら一回で怒られたいんで」
「は? 怒られるようなことがいっぱいあるの?」
「ごめんなさい」
「いや、謝ればいいってもんじゃないのよ?」
アルトランテは、しおらしい顔で『実は十三年前からリンティアナの知らないところで外堀をしっかり埋めていた』ことを正直に告白した。
父皇帝や兄たちは勿論、ラスボスと呼ばれる母皇妃や義母たち、そして姉たちにも話をつけて回っていたこと。その際に一歩間違えれば大怪我をしただろう取っ組み合いも何度か勃発していたこと、けれどその全てで勝利を収めたこと。今ではごく一部を除き皇族のほぼ全員がリンティアナとの交際を認めてくれていること。父皇帝からも『リンティアナが望むのなら』と言質を取っていること。
そしてついに、十三年越しの想いが実ってリンティアナからも心を貰ったと、魔法伝令で昨夜のうちに皇帝に報告したこと。エリュシオンでは今頃皇帝がきっと盛大な呪い……ではなく祝いの準備をしているだろうこと。
「いや、ちょっと待って。えぇ~……?」
リンティアナは頭を抱えた。初めて聞くことが盛り沢山過ぎて、理解が追い付かない。
「待って待って、十三年って……え? いつから?」
「あなたが鼻水垂らして泣き喚いて前世の話をした時ですね」
「えっ、あれで惚れたの!? こわ!!」
最早リンティアナのなかでは黒歴史に近い六歳の誕生日の大号泣事件。まさかのタイミングで想われていたことに動揺を隠せない。心の中の小人も若干引き気味だ。
「えっと、待って、貴族院から反対が出るかもよ? アルは爵位無いし……」
「あ、それはもうすぐ貰う予定です」
「そうなの? おめでとう! じゃなくて! だ、大臣たちが認めないかも。あいつら頭固いから……!」
「大丈夫です。二人くらい灰にすれば誰も何も言わなくなります」
「どの辺が大丈夫なの!?」
ふう、と一呼吸おいてから、アルトランテはリンティアナの隣に腰かけた。上質なソファが僅かに軋む。
「あなたが俺を求めてくれさえすれば、後は全部俺が何とでもします。だから大丈夫です」
鼻先が触れそうな距離で、至極真面目な顔でそう告げるアルトランテ。
「へぁ……」
心臓を鷲掴みにされたようで、思わず間抜けな声を上げるリンティアナ。
とびきり顔の良い男が、顔が良い男にしか許されないような仕草で、顔が良い男にしか許されないようなことを言う。筋金入りの面食いにとって抗いようのないトリプルコンボだ。
「ちょ、ちょっと待って……っ」
心臓が潰れそうだ、とリンティアナは思った。心の小人も胸を抑えて微動だにせず丸まっている。動悸、息切れ、熱感。およそ快適とは言い難いこの状況が、どうしてこんなにも嬉しく、喜ばしいのか。
恋をしたことはあるはずだ。けれど同じだけの愛が返ってきたことは一度も無かった。ましてこんな、ちょっと怯んでしまうほどに重たい直球の愛を伝えられたことなど、あるわけがない。
(え~~~、待って待って……どうしよ、なんて答えれば……)
混乱を極めるリンティアナを見かねて、アルトランテは諭すように言った。
「リン様。難しく考えなくて良いんですよ」
リンティアナに向き直るように座り直し、背筋を正す。つられてリンティアナも姿勢を正した。その様子に口元を緩めながら、アルトランテはまるで小さな子供に言い聞かせるように、どこか庇護者然とした口調で続けた。
「いいですか? まず、あなたは顔だけの男が嫌いですよね」
「う、うん」
「俺は顔だけじゃない」
「自分で言うんだ……まぁ、そうだけど……」
事実、アルトランテは護衛としても従者としても優秀だ。自分でそうハッキリそう宣うところは、やや難があるのだが。
「そしてあなたは顔だけの男は嫌だけど、顔が良いに越したことは無いんですよね」
「……うん」
「俺は顔も良い」
「わぁ……うん、事実だけど、事実だけどさ……」
「そして何より、俺はあなたを心から愛していて、あなたも俺のことが好きだ」
「うっ、は、はい……」
「俺と結ばれれば、あなたの念願の『顔だけじゃない顔の良い男と、愛し愛される幸せな結婚』が出来るじゃないですか」
「そ…………そう、なの?」
「そうです」
きっぱりと、頷きながら食い気味に断言するアルトランテ。清々しいほどに迷いが無い。
(え? じゃあ、良いのか、な……?)
リンティアナは脳内をハテナでいっぱいにした。アルトランテの圧と、彼が身に纏っているスモーキーな香りがいつもよりも近くて、何だか上手く頭が働かない。
心の中の小人はもう勝手に『ふつつかな娘ですが末永くよろしく』と頭を下げている。先走り過ぎだ。だが、これはもう観念すべきだとリンティアナ自身もようやく気が付いた。そもそもアルトランテだけではなく、自分自身も確かに望んでいるのだ。彼とともにある未来を。
(ああ、顔から火が出そう。でもこうなったらもう腹を括るしかないわよね。今にも心臓飛び出しそうだけど。ええい、女は度胸……!)
「わっ!」
意気込みすぎたのか、とんでもなく上擦った声が出た。アルトランテがビクッと肩を揺らして驚く。
(も~! 恥ずかしすぎる……!)
一つ咳払いをしてから、リンティアナは気を取り直してアルトランテに向き直った。
「わ、私も! アルに、ずっと側にいて欲しい、です……!」
顔を真っ赤にして、何とか言えたと安堵するリンティアナ。その様子を欠片も逃すまいと瞳に焼き付けながら、アルトランテは心底嬉しそうに破顔した。
そんな風に感情を露わにする彼が新鮮で、胸の内から湧き上がる確かな喜びに、リンティアナもまた笑顔になる。
アルトランテの掌が、そっとリンティアナの頬に触れた。抗わずに摺り寄れば、アルトランテが小さく息を呑む音が響いた。
「ようやく……ようやくだ」
溢れる想いを噛みしめるように眉を寄せ、少し泣きそうな声でアルトランテが呟く。
本当に珍しい、とリンティアナが感じたのも束の間。すぐに勝ち誇ったような悪い笑みを浮かべて、アルトランテは低い声で囁いた。
「言質とりましたからね」
「えっ」
「もう遠慮しませんよ、俺」
「えぇっ!? ちょっと待っ……んむっ」
リンティアナの弱々しい制止を押し切って、やや強引に重ねられる唇。
(遠慮しないって何!? まさかこのまま飛行車の中でとか、それは流石に無いよね……!?)
再び大混乱する脳内とは裏腹に、確かな歓喜がぶわりと胸の内に広がる。
「覚悟してくださいね」
唇の端を舐めながら、いつになく瞳をギラつかせるアルトランテ。そんな彼がちっとも嫌じゃないどころか格好良く見えてしまうのは、前世から持ち越しの業深い面食い癖のせいか、それとも。
(いやでも、ここするのは絶対駄目でしょ!!)
「アル! あの、嫌とかじゃないんだけど、でも流石にここじゃ……!」
「さて、お茶でも淹れましょうか」
「へっ」
言うが早いか、アルトランテはさっさと立ち上がって茶の準備に取り掛かった。
ここで行為に及ぶことだけは阻止しなければと、渾身のファイティングポーズを見せていたリンティアナは盛大に肩透かしを食らった気分だ。ぽかんとする主に向かって、アルトランテがフッと笑って見せる。
「せっかくの初めてを、こんなところで済ますほど無粋じゃありません」
「そっ、そうだよね!? 良かった……っていうか、そういうのはまだ全然早いからね!?」
「……」
「聞いてる!?」
聞こえないふりをするアルトランテに恨みがましい視線を送るが、不敬が板についた彼はお構いなしだ。
(顔だけのクズ男はもう二度と御免だけど……顔も声も良くて仕事も出来て、しかも私のことが好きな男って……実はもっとヤバいかもしれない)
ここでする気は無いという宣言は、裏を返せば『ここじゃないところでならする気満々』ということだ。
昨夜アルトランテが垣間見せた紛れもない雄の圧を思い出せば、リンティアナ自身、拒み切れる自信がまるでない。顔も声も中身も良いとびきりのイケメン圧で押し切られる未来が容易に想像できる。
(あれ……早まったかな……?)
一抹の不安がリンティアナの胸を過ぎる。それを見透かすように、にっこりと『もう遅いですよ』と言いたげに微笑むアルトランテ。
それ以上何も考えられなくなったリンティアナは、今日も完璧にリンティアナの好みに合わせて淹れられた紅茶に、複雑な思いで口をつけた。
盛大な祝宴の準備が進む皇宮にリンティアナが言葉を失い、泣きながら床を打つ父皇帝と、満面の笑みの母や姉たちに出迎えられるまで、あと少し。
了
ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございます。
これにて『魔法帝の婚活』完結となります。
この後、番外編を挟んで続編を書けたらなと思っています。
少し間は空いてしまいますが、またお読みいただけると嬉しいです。
短編の花婚シリーズやその他の作品も少しずつ出していくつもりなので、そちらも読んでもらえると有難いです⋯!
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