50. 形勢逆転
「えっ、え……っ!?」
「このまま俺の部屋でもいいんですけど、リン様の部屋に行きましょうか。あっちのほうがベッド広いし」
さらりと聞き捨てならないことを言って、アルトランテは腕の中にリンティアナを抱えたまま、スタスタと隣の主部屋へ繋がる中扉を目指す。
(えっ、ちょっと待って今から!? 今からするの!? いや別に前世で経験はあるけど今世では初めてだし、ちょっとまだ心の準備が追い付かないっていうか、嫌とかじゃないんだけど待って下着の上下揃ってたっけ……!?)
猛烈な早口を胸中で捲し立てるリンティアナ。ドクドクと早すぎる鼓動も相まって、もうお祭り騒ぎだ。一命をとりとめたらしい小人も、赤くなるやら青くなるやら心の天井に突き刺さるやらで忙しい。
脳内大騒動中のリンティアナを軽々と抱えたまま、アルトランテが主部屋へと通じる扉にグッと手を掛けた瞬間。
コココココン!
背後の扉がものすごい勢いでノックされた。アルトランテが嫌そうに眉を歪めたところで、返事を待たずにバァンッと勢いよく開かれる。従者部屋とはいえ賓客室、本来ならそのような失礼は罷り通らないのだが。
「やぁ、アルトランテ! 私の目の黒いうちは、我が家でリンティアナに不埒なことをするのは許さないよ!」
邸の主である王弟大公オスカルディアがそう言うのだから、従うほかない。
「それに、義弟の許可はあるのかな?」
追い打ちのように言いながらリンティアナをアルトランテの腕から奪い、さりげなく自身のジャケットを羽織らせるオスカルディアの姿は、すっかり保護者のそれだ。
「二人とも身支度を整えてきなさい。今日はほとんど何も食べられなかっただろう? 夜食を用意させたから、おいで」
さぁ早く、と半ば強引にリンティアナを主部屋へ送り届けたあと、オスカルディアは渋面のアルトランテにこっそりと耳打ちをした。
「まったく、君も存外余裕が無いようだ。だが心配しなくていいよ、私は生涯ベルンシュタイン一筋だからね」
銀の光を振りまきながらバチンとウィンクをして見せるオスカルディアに、アルトランテは苦虫を百匹ほど嚙み潰したような顔をした。表情を取り繕うことすら今は嫌なようだ。
心底愉快そうに「さぁ、早くおいで。でないとリンティアナの隣には私が座るよ!」と悪戯っ子のように言って、オスカルディアは従者部屋を後にした。色々なものを載せた溜息を盛大に吐き散らかして、アルトランテはかつてない速さで身支度を済ませた。
***
翌日。王宮にてフォブリオール王アルカディアの名のもとに、リンティアナに対して正式な謝罪があった。
非公式の訪問とはいえ、そこは世界最大の帝国の皇女。過保護を極めきった皇女の父や兄たちから文句を言われる隙を出来るだけ無くしたいという王の意を汲んで、リンティアナも大人しく謝罪を受け入れた。
その後は王の執務室に招かれて別件の話をした。一言で言えば、王太子でもある第一王子の病弱さをリンティアナの魔法で何とか出来ないか、というものだ。
実は数年前から打診を受けていたのだが、魔王討伐が終わるまではと保留にしていた案件だった。「診てもらえるだけでも有難い」と深く頭を下げたアルカディアは、父親としての情を滲ませていた。
幸いにも治癒魔法と身体強化魔法の継続的な重ね掛けで改善できそうな状態だったため、王宮の魔法師長に手順や留意するべき注意点を事細かに説明した。更にはエリュシオンからの治癒魔法師と魔法指導員の定期的な派遣と、年に一回のリンティアナによる診察まで申し出た。遠戚とはいえ大盤振る舞いだ。
「そこまでする必要ありますかね」
王宮の長い廊下を歩きながら、半歩後ろでアルトランテが苦言を呈す。『気に食わない』を如実に表す声色だ。すかさずリンティアナが反論する。
「あるわよ! だって見返りが『エルフとの接触権』なのよ!?」
この世界で唯一、フォブリオール王家だけが有するエルフの住まう西方大陸との交信手段。それがアルカディアが提示した取引材料だった。稀少価値という点でこれに勝るものは存在しない上に、何より前世オタクのリンティアナには、これ以上ないクリーンヒットだった。
「やっぱ一度は見てみたいでしょ、エルフ!」
「俺はそうでもないです」
「ええ~っ!? 伝説の存在よ!? 夢の無い男ね」
「あなた以外には大して興味がないので」
「……っ」
不意打ちだ。なかなかに恥ずかしいことをしれっと言ってのけるアルトランテに、リンティアナは思わず言葉を失った。
(あ~~~言葉に詰まっちゃうのが悔しい! ほらまた何か余裕の顔して……ああもう腹立つ!)
恨みがましいジト目で見上げるリンティアナを横目に、アルトランテはどこか満足げな顔だ。
「やぁ、リンティアナ」
広く美しいエントランスホールでは王弟オスカルディアが待っていた。ハグをして「もう一泊くらいしていけば良いのに」と残念そうに眉を下げる。
「ふふ。お父様にご報告もしなければなりませんから」
「そうだね。兄とともにお叱りを受ける準備をしておくよ」
ふっと頬を綻ばせ、オスカルディアは愛おしそうに目を細めて義姪を見つめた。
「幸せにおなり、リンティアナ。ああでも、もし泣かされたりしたらすぐに言うんだよ?」
そう言って、釘を刺すようにアルトランテへと視線を流す。
「肝に銘じます」
にっこりと微笑んでそう返すアルトランテに、オスカルディアは「おや、今日は可愛げが無いなぁ」と残念そうに笑った。




