49. お仕置き(?)
エルベアト侯爵一派は一人残らず捕縛された。
血筋と仲間頼みのお粗末な計画だった上に、王や王弟が綿密に準備をしていたこともあり、クーデターはその日の内にあっさり鎮圧されることとなった。
「皇女よ、我が国の問題に巻き込んですまなかったな」
「最初からそうするつもりだったのでしょう? アルカディアおじ様は本当にお人が悪いわ」
「ははは! そう言わないでくれ。反省しているのは本当だぞ?」
「でも後悔はしていらっしゃらないのでしょ?」
「はっははは! まぁな!」
騒動のあと、リンティアナは王の執務室で説明を受けた。
クナハの件、そしてザルツイェーレンでの婚約破棄騒動も、エルベアト侯爵の息が掛かっていた。フォブリオールを我が物とし、辺境伯領をきっかけにクナハ王家を乗っ取り、遠縁の令嬢を使ってポンコツと名高いザルツ第一王子を傀儡化するつもりだったのだそうだ。そうしてエリュシオンに対抗する力を手に入れ、三国の連合軍で戦を仕掛ける予定だったらしい。
どう考えても成功するとは思えない杜撰な計画だが、各国の現政権に不満を持つ貴族の支持をそれなりに集めていたようで、繋がりのある者たちを洗い出す作業が進められている。
エルベアト侯爵は間違いなく小物だが、だからこそ同じ小物の心の隙を突くのが巧みだったのかもしれない。
リンティアナの訪国は、侯爵が行動を起こす絶好の機会となった。彼女を捉えることが出来れば、エリュシオンに対してこれ以上ない人質になるとでも考えたのだろう。
「私も、結果的にリンティアナを利用した事実は変わらないからね。どうか謝罪させておくれ」
王弟オスカルディアが眉を下げて言う。アルカディアと同じ顔をしているはずなのに、立ち居振る舞いで印象がこうも変わるとは。反省の色がこれっぽっちも見えないアルカディアとは大違いだ、とリンティアナは胸中で溜息を吐いた。
「もう構いませんわ。まぁ、私もだいぶ大広間を焦がしてしまいましたし!」
ほほほ、と高らかに笑って見せるリンティアナを、オスカルディアは苦笑いを零しながら、そして城の主であるアルカディアは頭痛がすると言いたげに額を押さえながら、笑って眺めた。
リンティアナの虹色の炎は任意の対象だけを燃やすが、魔王ジスティリオールの炎はそうではない。
エルベアト令息と令嬢を死なない程度に焼き転がした結果、歴史あるフォブリオール王城大広間の三分の一ほどを真っ黒焦げにしてしまったのだ。修繕費だけでもかなりの額になるだろう。帝国皇女への迷惑料と思えば、まだ安いものかもしれないが。
「そもそも私、別におじ様方には怒っていないのよ。世の秩序を正すのも魔法帝の仕事ですもの。そうよね、アルトランテ?」
冷ややかな声に、居合わせた全員の背中がヒュンとする。勿論、後ろに立つアルトランテも例外ではない。
「アル」
「……はい」
「言ったわよね。あとでお仕置きよ、って」
全く笑っていない目でにっこりと微笑むリンティアナと、観念するように小さく息を吐くアルトランテ。
珍しく顔を青くする彼とリンティアナとを交互に見やり、オスカルディアはやれやれと言うように溜息を吐き、王は面白そうに「ほどほどにな?」と笑った。
***
王弟大公邸へと戻り、まず初めにリンティアナが命じたのは入浴だった。エルベアト侯爵一家が過剰に纏っていたキツい香水の残り香が、アルトランテの全身にべったりと染みついていたからだ。
「アル。お前、わざと捕まったわね」
今まさに湯を浴び終えたばかりの、シンプルな白のシャツと黒のスラックスだけを身に着けたアルトランテを見上げ、仁王立ちのリンティアナは苛立ちを隠さずに言った。
「…………はい」
怒り心頭といった感じの主を前に、アルトランテは小さく頷いた。
濃灰色の髪からは、まだポタポタと雫が滴っている。リンティアナの使う主部屋よりも若干味気ない従者部屋の床に、点々と水玉模様が散っていく。
項垂れるように視線を落とし、アルトランテはその様子を無言で眺めた。いつも掛けている細い金縁の眼鏡がないせいか、それともリンティアナの怒りを目の前にしているせいか。その姿は常よりもどこか幼く、頼りなく見えた。
「おじ様たちとコソコソ何か話してたのは知ってるわ。お使いが教えてくれたもの。侯爵たちを動かすためとはいえ、お前ならもっとやりようがあったでしょ?」
アルトランテは、リンティアナの専属従者だ。それはこの世界でも有数の実力者であることを意味している。本来ならばエルベアト侯爵やその息子程度の魔法師が何人いようと、後れを取ることは考えられない。
そして、たとえフォブリオールの王であろうとも、国家の大事であろうとも、リンティアナの承諾なしにアルトランテに何かを強制することは出来ない。ましてその身を危険に晒すことなど、許されるはずもないのだ。
つまり、アルトランテは自ら『あの役回り』をしたということだ。
「お前の狙いは、私でしょ」
アルトランテの青緑色の瞳を見据えて、冷ややかに言う。
返事は待たずに溜息を吐いて、リンティアナはパチンと指を弾いてアルトランテに治癒魔法をかけた。応急処置しかしていなかった頬や首筋の傷が一瞬で消え去る。次いで浄化魔法もかけ、僅かに血が滲み始めていたシャツも綺麗にした。
「……ありがとうございます」
「意味の無い傷を残すことは許さないわ」
未だ怒りを滲ませるリンティアナの声音。
「アル、私はね。お前が私を降参させるために、こんな手を使ったことを怒っているの」
わざと敵の手に落ち、わざとその身を傷つけさせた。その姿をリンティアナに見せるために。リンティアナの心を揺さぶるために。
大広間で起きた茶番劇を利用して、アルトランテはただリンティアナに己の気持ちを気付かせるためだけに動いたのだ。
「反省はしてます。でも後悔はしてません」
「お前ね……」
「だって、ようやく自覚して頂けたでしょう?」
ずいと一歩進み出て、アルトランテはもともと大してなかった距離を更に詰めた。
「あなたが誰を想っているのか。あなたが欲しがっているのは誰なのか」
吐く息が触れる近さで、アルトランテはじっとリンティアナの瞳を覗き込んだ。
幼い頃に魔力交換の儀で混ぜたリンティアナの魔力が、アルトランテの瞳のなかで七色に瞬く。その僅かに虹色を帯びた青緑の瞳は、どこか縋るような色をしていた。
一世一代の大勝負。今がそのとき。
そう言いたげに、強い覚悟を滲ませている。
「だ、だからって……、ねぇ、ちょっ、近くない!?」
先程までの怒りはどこへやら。顔を赤くして狼狽えるリンティアナを追い詰めるように、アルトランテは尚も半歩詰めた。
「なりふり構っていられなかったんです。オスカルディア様は俺から見ても良い男だ」
「ア、アル。わかったから待って、一回離れ……」
「もう一押ししたくて、わざと捕まりました。ごめんなさい」
許しを請うように、アルトランテはリンティアナの額に鼻先を摺り寄せた。
「ひぇっ!?」
リンティアナの口から情けない声が漏れる。心の小人は心不全を起こす寸前だ。
(い、今何した!? っていうか、その顔でしおらしい表情は止めて、卑怯よ……!)
クゥンと哀し気に鳴く大型犬の声が聞こえそうな、何とも庇護欲をくすぐる表情。その割に両手はいつの間にかリンティアナの腰をがっちりと捕まえている。本当に反省しているのかどうか怪しいところだ。
(こう素直に謝られると怒りが削がれるわね……そして何より、この顔の威力よ……)
無駄に発光しているようにさえ思えるアルトランテの顔を薄目で眺め、リンティアナは自らの魂に刻まれた面食い癖を呪った。
前世であれだけ懲りたというのに、どうしてこうも好みの顔に弱いのか。だがまぁ、アルトランテは性格にやや難はあるものの、決して顔だけのクズ男ではない。何よりリンティアナを心の底から愛している。そこだけは前世とは違うと自信をもって言える。
「はぁ、もう……!」
根負けしたように盛大に溜息を吐き、リンティアナは至近距離でアルトランテを見上げた。
「ああいうのは二度としないで。次やったら嫌いになるわ」
「えっ、あなた俺を嫌いになんてなれるんですか?」
「ねぇ、やっぱり反省してないでしょ?」
「してます」
本当に。
囁くようにそう付け足して、アルトランテはリンティアナを優しく包むように抱きしめた。強引なくせに、まだどこか戸惑いの残る力の入れ方だ。
「ほんの一瞬だけでしたけど、酷く慌てたあなたの顔を見て……馬鹿なことをしたと思いました。本当にごめんなさい」
すり、とリンティアナの頭に頬を摺り寄せる。
許しを請うような、甘えるような仕草だ。長い付き合いだが、こんな触れ方は初めてだ。これまではあくまで従者としての一線を保っていたのだな、とリンティアナは頭の隅で思った。
今この時を境に何かが変わるような、むしろ自ら変えたいような。心を浮足立たせる未知の感情がリンティアナの胸に湧き上がる。きっと自分も、二人の足元に敷かれたその一線を飛び越えたいのだと、無意識のうちに感じた。
「……」
ゆるく抱きしめられたまま、至近距離で視線がかち合う。どちらからともなく引き寄せられるように唇が重なった。
「ん」
僅かな息継ぎを挟んで、リンティアナからもう一度。一瞬だけ戸惑いながらも応えてくれる暖かな唇。少しだけ深く、互いに啄むように口付けを重ねる。
初めて経験する相思相愛のキスは、抗いようがないほどに心地良かった。求めれば与えられる安心感も、求められて与える嬉しさも、今、初めて知ったような気がする。
「……ねぇ、わざと怪我するのは本当に止めて。今も、もうどこも怪我してない?」
「はい」
「本当に?」
「確かめてみますか?」
「えっ」
言うが早いか片手で器用にシャツの前を空けて、アルトランテは鍛え上げられた胸筋を惜しげもなく晒した。更には「はわ……」と声にならない声を上げて胸板に目を釘付けにしているリンティアナを、ひょいとその腕に抱きかかえた。
「えっ、え……っ!?」
戸惑うリンティアナの心のなかで、小人が今度こそ心不全を起こしてしまった。




