47. 極まる醜悪
「クハハハッ、これがラウレンティアの涙か! なんと美しい!」
リンティアナの杖を手に、エルベアト侯爵は勝ち誇ったように笑った。
「それで、あなたたちは何が望みなのかしら」
リンティアナのその問いを待っていたかのように、侯爵はおよそ悪役としか思えない下卑た笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「正当なる我々の血筋に王位を取り戻し、この国をあるべき姿へ導くことだ!」
侯爵令息と令嬢、そして彼らの手の者であろうガラの悪い連中が、熱く期待を込めた目で賛同するように頷く。だが、周囲の貴族は冷ややかな反応だ。皆眉を顰め、侮蔑的な視線を投げている。
侯爵は長々と「そもそも当家の歴史を遡ればーー」などと宣っているが、とどのつまりは王位簒奪。れっきとした謀反であり大罪だ。
「アルカディアとその子らには死んでもらうが、王弟大公だけは生かしてやろう。娘がどうしてもとせがむものでなぁ」
フンと忌々し気に鼻を鳴らし、王弟オスカルディアを睨む侯爵。その傍らでは、今にも胸が零れ落ちそうな品の無いドレスを着た令嬢が、うっとりした顔でオスカルディアに手を振っている。
「お美しいオスカルディア様には、この国の王女となる私こそが相応しいですもの!」
そう言いながら、自らを抱くようにこれでもかと胸を強調して見せる。が、王弟は顔色一つ変えずに無視をした。
「クハハッ、帝国の皇女よ。王弟のことは諦めるんだな。おお、そうだ。私が国王になった暁には妾にしてやろう。偉大なる真実の王のそばに侍られるのだ、光栄だろう!」
今にも涎を垂らしそうな卑しい顔つきで、侯爵が言う。
「真実の王、ねぇ……」
リンティアナが皮肉めいた声音で呟いた瞬間、侯爵が激高した。
「おい、口の利き方に気をつけろよ! 魔法帝だのなんだのと持て囃されてはいるが、お前など杖が無ければ何も出来んただの小娘だ! 私は、この地の正当な王なのだぞ!」
侯爵の言によれば、遥か昔フォブリオールが国として成る前に、当時この地方を収めていた領主がエルベアト一族の祖なのだという。しかし同じく一領主だったフォブリオール家がエルフと縁付いたことで一気に情勢が変わり、あれよあれよという間に国が統一された。
「何が妖精の祝福だ、ここは人間の国だ! 最早見たこともないエルフになぞ縋る必要はない!」
ふくよかすぎる体を揺らし、唾をまき散らしながら喚き、はぁふぅと肩で息をする姿は醜悪極まりない。
真に自信と誇りのある者は、誰に何を言われようとも、激高し喚き散らしたりなどしないものだ。己の中にある芯が細く頼りないからこそ、他者の目が、声が、気に障るもの。弱い犬ほどよく吠えるとは言い得たものだ。
(ああもう、推しの作画じゃないどころか悪役の中でも下の下の下のビジュじゃん! 顔が良いだけのクズは大嫌いだけど、顔も悪いクズってもう最悪じゃない!? 出来るだけ視界に入れたくないわ~!)
これ以上会話をする意義を見いだせず、リンティアナは内心で思い切り毒づいた。
衆人環視のもと、侯爵本人から謀反の意と動機をハッキリと聞けたのだから、もう良いだろう。ふぅ、と一つ息を吐いて、リンティアナは玉座に鎮座したままの王を振り返った。
「王、エルベアト侯爵はこう仰っていますけれど?」
「……はぁ。これは常々言っていることだが」
うんざりとした顔で溜息を吐き、アルカディアはゆっくりと立ち上がった。
「私よりも王位に相応しい者がいれば、いつでもこの席を譲る。エルベアト侯爵、貴様が王となるのが民意ならば、それも良いだろう。だが、とてもそうは思えんな」
静かな、それでいて深い怒りを湛えた声で言う。そんな王に連帯するように、すっかり落ち着きを取り戻した周囲の貴族たちも、毅然とした表情でエルベアト侯爵へ厳しい視線を向けた。
「ぐ……っ、クハッ、こいつらなどどうでもいい! 私が即位すれば、どいつもこいつも手の平を返すだろう。それに私には味方が……!」
「その味方とは、レオル子爵とその子飼いの男爵、それと貴様の妻の生家のアラシュ男爵家のことか?」
「なっ、何故それを……!」
王の言葉に、目に見えて狼狽える侯爵。
(うわぁ。飽きるほど読んできた悪役の台詞だけど、本当に言うのね……!)
感慨に浸るリンティアナをよそに、アルカディアはどこか愉快そうに続けた。
「なに、そやつらは今宵の夜会へ呼ぶには爵位が足りぬ者ばかりなのだがな。何故かこの宮殿近くに潜んでおったのよ。ご丁寧に武装させた手の者まで連れてな」
「まぁ、そうでしたの」
リンティアナがわざとらしく驚いてみせるが、実際には賊の捕縛にはリンティアナの『お使い』たちも一役買っている。
「ふっ。ご安心召されよ、皇女。我が近衛が一網打尽にした故な」
「それは良かったですわ!」
賊たちの居場所や数を正確に把握し、近衛に情報を渡したのは『お使い』たちだ。どの口が、と言いたげに口元を緩めた王に、リンティアナも笑顔で返す。
張り詰めていた会場の空気が一瞬にして変わった。王宮の騎士たちを筆頭に、腕に覚えのある貴族たちがジリジリと進み出て侯爵を囲い込む。
「クッ、だ、だが! こちらには魔法帝がいる! おい、こいつを殺されたくなければ言うことを……」
思い出したように侯爵がリンティアナの杖を掲げ、令息がアルトランテの喉元の茨を締め上げようとした瞬間、フッと煙のようにアルトランテの姿が消えた。間を置かずにリンティアナの傍らにドサリと倒れ込む。
「アル。あとでお仕置よ」
「……はい」
足元に転がるアルトランテを見ることなく、リンティアナは冷ややかな声でそう言った。鮮やかな虹の光彩の奥底で、静かに雷鳴が轟く。
「王。これ以上目ぼしい情報も出ないでしょうし、あとは全員捉えてから聞きましょう。良いですね?」
「皇女に手数をかけるのは本意ではないが、是非もない」
その返事を聞き終わる前に、リンティアナの黒髪の先で七色の魔力がバチバチと爆ぜた。紛れもない怒りを形にしたような、何とも攻撃的な音だ。
「なっ、お、お前の杖はこちらにあるのだぞ! これが無ければ……!」
侯爵は尚も杖を掲げ、見せつけるようにぶんぶんと振って見せた。リンティアナの眉が不快そうにピクリと跳ねる。
「ジス」
リンティアナが小さく名を呼んだ瞬間、杖を持つ侯爵の腕が、ゴウッと音を立てて燃え上がった。




