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46. 対決、黒幕

 

「……リン様。俺、何かしましたか」


「ごめんごめんごめん、違うのぉ!!!」


 ソファに腰かけ、リンティアナは傍らに立つアルトランテの問いに食い気味に返した。周囲の目があるため、パッと見では皇女として威厳を保った振る舞いをしてはいるが、内心では小人が盛大に頭を抱えている。


(アルとダンスなんて、練習も含めたら数えきれないくらいしてきたのに! 何か、何かこう、やたら格好良く見えて……!)


 リンティアナは脳内で顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 想いを自覚して初のダンスは、心臓が壊れるのではないかと思うほどガチガチになり、その結果アルトランテの足を何度も踏んでしまったのだ。少なくとも十回は。


「何か飲む物を取ってきますから、ここから動かないでくださいね」


 唐突にそう言ったかと思うと、リンティアナの返事を待たずにアルトランテはスタスタと歩いて行ってしまった。


(いきなり何……あ、そういうこと)


 入れ替わるように来た王弟オスカルディアに、合点がいった。これ以上ない代理の護衛役だ。


「やぁ、リンティアナ。愛らしいダンスだったね。彼の足は大丈夫かな」


 当然のようにバレている。こうして揶揄われることをアルトランテもわかっていたのだろう。


「一応、治癒魔法はかけたわ……」


「ふふ。なら大丈夫だね」


 頷きながらリンティアナの隣に腰かけ、王弟は声を潜めて言った。


「これは内緒なんだが、ベルンシュタインもよく私の足を踏んだよ」


「叔母様が?」


「ああ。おかげで私はポーカーフェイスが随分と鍛えられた」


「まぁ!」


 おどけた顔をして見せる王弟に、思わず笑みが零れる。

 亡き叔母ベルンシュタインは実に朗らかな女性だった。艶やかな黒髪と柔らかな琥珀色の瞳、そして健康的にふっくらとした頬が、いつ見ても少女のようで愛らしかった。

 弟アレクサンドリートのような為政者向きの狡猾さや攻撃性とは無縁で、妹スマラクトのような智謀ある才色兼備でもなかったが、その分視野が広く、人の心を解きほぐすことに長けていた印象だ。


 オスカルディアと二人、しばし亡き人の想い出話に花を咲かせた。失くしようのない妻への愛を瞳に宿すオスカルディアの姿は、リンティアナを心の底から安堵させた。リンティアナ自身が望む愛というものに形があれば、きっとこういうものだろうと感じられたのだ。

 アルトランテと自分の間にも築けるだろうか。淡い期待を宿しながら、そう胸の内で思案したとき。


 ドォン!!!


 突如として爆発音が響いた。僅かに遅れて悲鳴が、そして人々の逃げ惑う物音が波のように押し寄せる。

 リンティアナは瞬時に杖を出し、防御と広範囲回復の魔法を発動させた。七色に輝く微細な魔力の粒が会場を覆い、混乱を極める人々の上にきらきらと降り注ぐ。


「皆、落ち着け!」


 アルカディアの雄々しい声が響く。その傍らでは護衛の騎士や魔法師たちが臨戦態勢をとっている。


(表情から察するに、想定の範囲内って感じね)


 リンティアナは素早く会場を見回した。流石の上位貴族というべきか、会場にいる参加者たちは早くも落ち着きを取り戻しつつある。


(でも……)


 アルトランテがまだ戻らない。こんな非常事態には何を置いても主の元へ戻るだろうに、どうしたことか。

 リンティアナは無意識のうちにアルトランテの魔力の気配を探った。遠くはない、そう気付いてホッとしたのも束の間。考え得る限りで最悪の光景が目に飛び込んできた。


 穴が開くように崩れ落ちた壁の向こうから、下卑た笑い声が響く。


「ほう、範囲回復か。流石ですなぁ、クハハッ! だが、これならどうかな?」


「……っ!」


 思わず、リンティアナは息を呑んだ。

 醜悪な顔で笑うエルベアト侯爵が示す先には、同じく醜い笑みを浮かべる令息と令嬢によって拘束された人影。


「アル!」


 炎の茨のようなものがアルトランテに巻き付き、その自由を奪っている。茨が食い込んだ箇所は痛々しく焦げ、出血もしているようだ。

 単なる拘束魔法でアルトランテを抑えこむことは極めて難しい。であれば、魔力を抑制あるいは枯渇させる魔法も付与されている可能性が高い。いかにアルトランテと言えども、長時間の拘束は危険だ。

 リンティアナはスッと杖を構えた。


「おっと、それはこちらへ渡してもらいましょうか! コイツがどうなってもいいんですか!?」


 令息がそう叫び終わる前に、アルトランテの首に巻き付いた茨がギリギリと音を立てて締め上げられる。食い込む棘が肌を刺し、アルトランテの胸元には真っ赤な血の雫が幾筋も伝った。


「……っ」


 苦し気に顔を歪めるアルトランテに、リンティアナも動きを止める。


(どうやってアルを抑え込んだのかは知らないけど……あちらにも相当な魔法師がいるか、あるいは……)


 逡巡するリンティアナに焦れたように、エルベアト侯爵が唾を飛ばしながら叫ぶ。


「さぁ、その杖を渡せ! 流石の魔法帝でも死者を蘇らせることは出来まい!」


(いや、出来るけど)


 反射的に胸中で返事をする。

 条件や制約が多いせいで簡単には発動出来ないが、可能か不可能かで言えば、死者の蘇生は可能だ。リンティアナの人外じみた膨大な魔力があってこそだが。


(まぁ、言わないけど。ここはまず、こいつらの要求をはっきりさせなくちゃ)


 無言のまま杖を差し出せば、するりと伸びた炎の茨がそれを奪い取った。


「雑に扱わないで」


 溜息を吐きながらそう言えば、エルベアト侯爵は勝利を確信したように恍惚とした表情で笑った。何とも粘着質な、救いようのない醜悪な笑顔だった。


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