44. 湧き上がる想い
日当たりの良い窓辺のソファに並んで座り、リンティアナはオスカルディアに心の内を正直に吐露した。
幼い頃から幸せな結婚をするのが夢だということ。そのために厳しい鍛錬を乗り越えて魔王を討伐したこと。婚活に励んでいるが、ちっともうまく行かないこと。そしてアルトランテからの突然の告白に、心が着いていかないこと。
「なるほど」
静かな相槌を挟みながら、オスカルディアは真摯にリンティアナの話を聞いた。
皇宮の家族には話し辛い。かといって他人においそれと話せることでもない。だからこそオスカルディアの立場は絶妙に丁度良かった。ある程度の内情を知り、理性的で信頼のおける大人。そして何より、リンティアナを大事に思っている遠戚だ。
「……おじ様。多分、私もアルトランテが好きなの」
膝の上でぎゅっと手を握り、意を決するようにリンティアナが呟く。
「でも、どうしたらいいかわからない。まともな恋愛なんてしたことないから、自分のことも信用できない。軽々しく付き合って、き……、嫌われたりしたら……。だったら今のままの方がいい」
咳を切ったように滔々と溢れ出す不安。その一つ一つを受け止めるように、オスカルディアは小さく頷きながら言った。
「リンティアナ、私はね。今でも妻を愛しているよ」
些か唐突な返しだ。ぱちくりと目を瞬くリンティアナに、オスカルディアはふっと大人びた笑みを零して続けた。
「私が虹の梯子を登り、名誉の地へと渡ったら……必ずまた彼女に、ベルンシュタインに会えると信じているんだ」
そう言って、リンティアナの手を取る。緊張と不安で冷えた手を温めるように、そっと両手で包んで言葉を繋ぐ。
「彼女への想いも、彼女を失った悲しみも、何一つなくなってなどいない。小さく畳めるようになっただけ。今も全部、この胸にある。そういう相手に出会えた私は幸運だった。生まれて初めて兄に反抗した甲斐があったと言うものだよ」
最後の一文は声を潜め、オスカルディアは悪戯っ子のような笑顔を覗かせた。リンティアナも思わずつられて笑ってしまう。
オスカルディアと叔母ベルンシュタインとの馴れ初め話を聞くのは初めてだ。二人は大恋愛の末に結婚したとだけ聞いていたから、俄然興味が湧く。
「彼女は……ベルンシュタインはね。本当は兄の妻に、フォブリオールの王妃になる予定だったんだ。でも私が惚れてしまった。心底ね。どうしても彼女を妻にと、そのためなら王座を争うことも辞さないと啖呵を切ったんだ」
「えっ!」
リンティアナが驚きに声を上げる。まさかそんなドラマチックな経緯があったとは。頭の中の小人もかなり前のめりだ。
「そ、そのとき王は……?」
「目を丸くして驚いていたなぁ。当時の私は、何事にも一歩引いていたから」
はは、と少しバツが悪そうに頬を掻く。
「兄は少し考えた後で、笑って言ったよ。『王座はやはり私の方が似合うだろう。だが、ベルンシュタインにはお前の方が似合いだろうな』って」
当時を思い出しているのだろう。オスカルディアの美しい金の瞳は、どこか遠くを見ているようだ。
「ベルンシュタインは、あれで恋愛結婚に憧れていてね。決して口には出さなかったけれど、侍女たちの恋物語を目を輝かせながら聞いたりしていたんだ。でも、兄は王として、ただ一人を愛することは許されない」
フォブリオールの王は代々、その特殊な血を確実に後世に繋げるために必ず複数の側室を持つ。それは否応なくベルンシュタインの心を傷付けただろう。政略婚という己の務めを理解していても、思うようにはならないのが人の心だ。アルカディアはきっと、そのことをよくよく理解していた。
「だからこそ、本当は惹かれていただろうベルンシュタインを私に任せてくれたんだ」
懐かしむように一度だけ目を伏せて、オスカルディアはリンティアナの瞳を真っすぐに見つめて言った。
「リンティアナ。人生は長いようで短いよ。たった一人の相手にだって、愛を伝えきるにはとても足りない。だからどうか、時間を無駄にしないで。後悔することのないようにね」
人生の先達の言葉は暖かくも重くて、リンティアナは何も言えなくなってしまった。
「……はい」
まるで幼子のように頼りないリンティアナの様子を、オスカルディアは微笑ましげに眺めた。
比類なき大国の皇女、救世界の英雄、稀代の魔法帝。大きすぎる冠が着いたその身も、今はただ初めての恋に戸惑う少女のようだ。
「私はリンティアナの選択を支持するよ。もしも泣かされたりしたら、そのときは私のところにおいで。ここで薔薇を眺めながら暮らせば良い」
窓の外を視線で指し、オスカルディアが言う。外に広がるのは自慢の広大な薔薇園だ。
「お前を泣かせるような悪い男は私が懲らしめてあげよう。いや、それはお前の父と兄のほうが早いかな!」
ははは、と大きな口を開けて笑う。屈託のないその笑顔に、リンティアナはグッと背を押された気がした。
前世での経験値は当てにならないし、今世では原作のシナリオを変えて生き残ることに精いっぱいだった。今ようやく、本当の意味で、新しい人生の入り口に立った気がしている。
怖いのにワクワクするような、期待と不安が入り混じった緊張感。決して嬉しいばかりの感情ではないそれは、けれど何だかとても尊いもののような気もした。
(……今すぐ、アルの顔が見たい)
こぽこぽと音を立てて湧き出る何かが心を満たしていく。その染み渡るような暖かさを確かに感じながら、リンティアナは静かに決意の息を吐いた。




