41. 宰相と騎士団長
ようやく解放された皇帝執務室からの帰路、アルトランテは早くも次の災難に見舞われた。エリュシオン帝国で皇族に次ぐ権威、騎士団長と宰相に絡まれたのだ。
「おい、アル坊!」
聞き覚えのある声を咄嗟に無視しようとしたが、光の速さで捕まった。戦闘系最強スキル『軍神』を持つ騎士団長には、フィジカル面ではやはり敵わない。
ちょうど皇帝の執務室を出たところで、図ったかのようなタイミングだった。いや、百パーセント図っただろう。攻守の要である国の重鎮二人が、昼日中の皇宮を揃ってふらふらしているわけがない。
「はぁ……何の御用でしょうか」
あからさまにやる気のない態度をものともせず、宰相がきびきびと口を開く。
「忙しいので手短に。ザルツの件、後処理はこちらに任せなさい」
エリュシオン帝国宰相、エメット前公爵。
白髪交じりの紺色の髪に銀の瞳。銀縁の丸い片眼鏡が良く似合う、知的かつやや神経質そうな顔立ちだ。生粋の文官で、背丈はそこそこ高いが全体的に線が細い。リンティアナの言によれば『腹黒参謀型イケオジ』とのことだ。
何かと忙しい筆頭公爵家当主の座を早々に息子に押し付け、現在は宰相職に専念しながら後進の育成に当たっている。
ちなみにエメット公爵家はリンティアナの一番上の姉、マルガレーテの嫁ぎ先だ。不動の宰相であり第一皇女の義父でもある前公爵は、この国一番の腹黒策士と呼んで差し支えない傑物だ。
「血筋だけの無能が王になると後の代にも弊害が出る良い例です。これを機にしっかりと正式な抗議をしてあげましょう」
ふふふ、と真っ黒い笑顔を見せる宰相。
宰相補佐の第二皇子ユヴェーレンが『あんな風になりたくない』と常々言っているが、年々着実に似てきている。笑顔で盛大に嫌味を言うところなんかそっくりだ。
「ああ、それと。リンティアナ殿下のことも早く何とかするように。皇女の婚姻となるとそれなりの準備が必要ですから。婚約発表前にあなたの叙爵もしなければなりませんし」
さらりと言ってのける。合理的な考え方をする宰相らしい物言いだ。
リンティアナのことはアルトランテが娶ると信じて疑わない……というよりも、リンティアナが規格外過ぎてアルトランテ意外には無理だろうと踏んでいるのだ。概ね正しい。
「間違っても他国になど持っていかれないように。稀代の魔法帝を国外に嫁がせるだなんてことになったら、承知しませんよ」
ギロリときつく視線で突き刺してから、宰相は「では」と足早に去って行った。
宰相のスキルは人心掌握と鑑定だと聞いている。だが、絶対にそれだけではないだろうとアルトランテは内心で冷や汗をかいた。もしかしたら暗殺スキルも持っているんじゃなかろうか。そう思うほどに圧のある瞳だった。
「あいつもあれで、お前らを応援してるんだよ!」
ガハハ、と豪快に笑ってアルトランテの肩を折らんばかりに叩くのは、帝国騎士団長を務めるウォルフリック前侯爵。
魔獣かと見紛うほどの大柄な体躯に、白髪交じりの淡い灰色の髪と濃い橙色の瞳。戦闘系最上位のスキル『軍神』を持ち、宰相と同じく当主の座を息子に譲った今も尚、騎士としては現役。齢六十近い身で帝国騎士たちの頂点に君臨し続ける化け物だ。
「わかってますよ……」
溜息交じりに返す。つい先ほど無視しようとしてはいたが、実はアルトランテと騎士団長の関係はなかなかに良好だ。
二人の出会いはアルトランテが十歳の頃。リンティアナに捧げる魔法石を採取するべく、水辺竜の討伐に参加した折のことだ。
水辺竜は、その名に反して厳密には竜種ではない。大型のワニのような獰猛な魔物だ。自己治癒力が極めて高く、魔法攻撃への耐性も高いため、物理攻撃主体の騎士団が主に討伐を請け負っている。
リンティアナ六歳の大号泣事件の直後、騎士団が大規模な水辺竜の討伐を行うと聞き、アルトランテは主が寝込んでいる隙に半ば無理やり参加した。
影出身の皇女専属従者とはいえ、どう見ても子供のアルトランテのことを、当初は騎士団長を始め誰もが冷やかしだと思っていた。ところが蓋を開けてみれば驚くほど強く、まだない腕力をカバーする戦法も熟知していた。
一人黙々と水辺竜を倒し、ひたすら真剣に自分の目に似た色合いの魔宝石を探すアルトランテの姿に、次第に騎士団員たちは絆されていった。
「アル坊、青系の魔石が欲しいなら小型の雄を狙え」
基本的に、大型で力の強い魔獣のほうが魔法石の質も高い。それ故に次から次へと大物を狙っていたアルトランテに、騎士団長は目的に合わせてターゲットを絞ることを教えてくれた。そのために必要な知識や情報も、惜しみなく。
ついには騎士らもアルトランテのために小型の雄の水辺竜を探してくれるようになった。
「俺も、妻への最初のプレゼントは俺の目の色の花だったなぁ」
「俺もだ! 懐かしいな~」
「頑張れよ、アル坊!」
などと不本意な応援を背に受けながら、アルトランテはようやく柔らかな青灰色の地に青と緑の閃光がチラチラと輝くその一石を見つけた。
流石に満身創痍で、その夜は寝込むことになったのだが。翌朝、飛び跳ねて喜ぶリンティアナを見て、痛みも疲労も全て吹き飛んだのは良い想い出だ。
その後も騎士団長は何かとアルトランテを気に掛け、ときには稽古もつけてくれた。父と呼べる存在がいなかったアルトランテにとって、恐らくは騎士団長が最もそれに近い。だが絶対に調子に乗るので、本人には言わないと心に決めている。
「ま、とにかくだ!」
バシン、とアルトランテの背を強く叩き、グッと引き寄せる。
「わかってんだろうな、アル坊。狙った獲物は逃がすんじゃねぇぞ。それがどれほど高貴な方であろうともだ」
ギラリと燃える生まれついての戦士の目が、焚きつけるようにアルトランテを見据える。
「……誰に言ってんですか」
当然でしょ。そう滲ませて、アルトランテも不敵に笑う。
「ハッハ、その意気だ!」
バンバンと無遠慮に背中を叩かれ、思わずよろめく。年をとっても昔と変わらず馬鹿力だ。
じゃあな、と言い置いて去る騎士団長の背中を、アルトランテは身の引き締まる思いで見送った。姿がすっかり見えなくなってから一礼をして、襟を正す。
専属従者として婚活などという腹立たしいものに同行してはいるが、相手が誰であろうともリンティアナを渡す気はさらさら無い。皇帝からもリンティアナの心次第だと言質を取ったし、想いを自覚してからの十三年で埋めるべき外堀はほとんど埋めた。
「あとは、リン様にどう自覚してもらうか……これが一番厄介だな」
はぁ、と一つ溜息を零して、アルトランテは踵を返して皇女宮へと向かった。




