4. 原作は…
この世界の原作小説『田舎生まれの俺、どうやら勇者だったらしい!?』は、一言で言えば、お色気要素有りの英雄譚だ。
辺境の田舎で暮らしていた主人公が十七歳の成人の儀で『勇者』のスキルを授かり、仲間とともに苦難を乗り越え魔王を倒すという王道のストーリー。いわゆる男性向けラノベだ。
あまり手を出さないジャンルだったが、最推しの絵師がイラストを担当していたため即購入した。
推しのイラストは溜息が出るほど美麗で「いや、あなた本当に田舎の平民ですか?」と問いたくなるほどキラッキラの勇者に、回復魔法担当の聖女と攻撃魔法担当の魔法帝、そして諜報担当の元盗賊というタイプの違う三人の美女が旅の仲間。
読み始める前は「最終的に勇者はこの中の誰とくっつくのかな、やっぱ聖女かな?」なんて思っていた。
ところが、だ。
聖女も魔法帝も元盗賊も、ヒロインだと思っていた美女たちは全員死んだ。それも皆が皆、身を挺して勇者を守り、死んでいったのだ。
よくあるハーレム要素有りの、それでも最後には誰か一人と結ばれる王道の英雄譚かと思っていたのだが、とんでもなかった。しかも勇者は美女三人それぞれに愛され、あろうことか全員と肉体関係を持ったのだ。
年齢指定作品ではなかったため過激な描写こそ無かったが、これは明らかに致しただろうと思われる箇所が、三人のヒロインそれぞれに幾度もあった。ときには全員で……なんてこともあった。
この時点でリンティアナは『勇者はクソ』認定をしていたのだが、さらに衝撃の胸クソ展開が待っていた。
三人の犠牲をもって何とか魔王を霧散させた勇者は、世界を救った英雄として故郷に帰り、地元に残してきた幼馴染の女性(最初の旅立ちのシーンでチラッと出てきていた)と半年ぶりの熱い抱擁を交わす。
そして実は旅立ち前の一夜で勇者の子を授かっていたという彼女の告白を聞き、大歓喜。嬉しそうに彼女の膨れた腹を撫でながら、自身の力でその命を守れたことに感謝して物語が終わるのだ。
読み終えたリンティアナの感想は「は?」の一言に尽きた。
何度読むのを止めようと思ったことか。ヒロイン達がボロボロになって一人、また一人と三股勇者のために死ぬたびに「やだ~!」と嘆き、しかし推しの華麗な仕事に罪はないと自分に言い聞かせ、湧き上がる怒りを抑えながら最後まで読み届けた。その結果がまさかの四股展開とは。
「いやいやいや、クズか! しかも魔王倒したのはお前だけの力じゃないだろ、三人のおかげだろ! むしろお前は最後に勇者の剣を出した以外はセックスしかしてないだろうが!」
思わずそう叫んだ。
当時のリンティアナも、相当なクズ男と付き合っていた。心のどこかで『顔だけでいいはずがない』と気付きながら、見ない振りをし続けている自分の末路を、この小説に見たような気がした。
そして、ふと気が付いた。
「ああ、そっか……。私が好きなのは悪人でも筋が通ったイケメンで、顔だけのクズ男じゃないんだ」
自分の言葉が、すとん、と心に落ちた。
前世のリンティアナが愛した数多の『人間性に難があるけれど魅力のあるキャラクターたち』は、決して単なる顔だけのクズではなかった。義理に厚く、信念があり、愛する者に一途だった。
だがそうしたキャラクターたちも、現実の世界で出会えば相当に厄介だろう。二次元だから格好良いし、二次元だから愛せるのだ。
そして、そうした良い面すらもなく、ただ顔だけが取り柄の真正のクズ男など……二次元でも腹立たしいというのに、現実ならば猶更だ。
平気で浮気を繰り返したり、借金の連帯保証人にしたり、詐欺の片棒を担がせようとする男なんか、どれだけ顔が良くたって駄目なのだ。
クズ男が格好良いのは二次元まで。ようやく、本当にようやく、それに気が付いた。
***
原作の内容と、それを読んだ時の苦い悟りを思い出し、リンティアナは力なく溜息を吐いた。幼児特有のふくふくとした頬の横で、艶やかな黒髪がわずかに揺れる。
あのとき、目を覚まさせてくれたことに関してだけは原作に感謝しなければならないだろう。勇者がクズ過ぎたおかげだ。
(でも……ここに転生しちゃったってことは、このままじゃ私は魔法帝として勇者の旅に同行することになる)
そして初めての恋に落ち、盲目的に身も心も捧げ、最後は限界を超えた力を使って命を散らすのだ。あの四股クズ男のために。
(冗っ談じゃないわ!!)
あまりの嫌悪感に全身の毛がぶわりと逆立つ。
前世の知識がある今の自分ならそうはならないだろうと思うものの、何らかの原作強制力が働く可能性もゼロではない。
(百歩譲って原作ヒロイン達は「クズでもいい」と思ってたのかもしれないけど……私は絶対に嫌!)
感情の起伏に魔力が反応し、柔らかな髪の先でチリチリと線香花火のような火花が散る。淡く虹色に輝いて消えるそれに、医師も侍女たちも目を丸くした。
(ええと、原作の魔法帝は確か……十八歳だったはず。まだ十五年は猶予がある)
それだけ時間があるのなら、未来を変えることも出来るのではないか。ふと、そんな考えが頭を過ぎる。
異世界転生ものにシナリオ改変は付き物だ。
今から必死に修行すれば、勇者の力に頼らずとも魔王を何とか出来るのではないか。原作強制力があったらと思うと怖いが、それでも試してみる価値はあるだろう。何もせずにただ怯えて過ごすよりはずっと良い。
目の前の暗雲に、一筋の光が差したような気がした。
(そうと決まれば善は急げよ!)
ガバリと立ち上がって積み木を放り出し、リンティアナは勢いよく駆けだした。




