36. 落着、クナハの変
一同を見渡し、リンティアナはやや芝居がかった仕草で言った。
「今後のことを考えましょう」
にっこりと意味ありげな笑顔を見せるリンティアナと、一体何を言い出すのかと身構える王やフォンゼル。
イヴォナは素直に「そうね」と頷き、アルトランテは小さく溜息を吐いた。辺境伯はまだ話の展開に追いつけないのだろう、毒気の抜けた顔で全員を見回している。
リンティアナはここぞとばかりに眉を寄せ、憂いを帯びた声で言った。
「今回の件、全てを公にするにはあまりに外聞が悪いわよね。何かしらの罰を与えなければならないけれど、廃爵などして国境を守るこの辺境の体制が揺らぐのは向こうの思うツボでしょうし。かといって、このまま彼を辺境伯として鍛え直すには、かなり強固な後見が必要よねぇ!」
一息に言って、リンティアナはふぅと息を吐いた。途中からは前世で培ったオタク特有の早口で捲し立ててしまった。
「う、うむ。そうだな」
王すらもリンティアナの圧にタジタジだ。
「しかし、現状の辺境伯領を任せられるほど強力な後ろ盾となると、我が王家以外にはなかなか……」
「そうなのよねぇ!!」
待っていたとばかりに、リンティアナがやや被せ気味に言う。王はビクリと肩を震わせた。
「とはいえイヴォナとの婚姻は論外だわ。でも代わりを探そうにも、どこのご令嬢でも良いわけではないわよね。辺境の責務を理解し、武に秀で、尚且つ知性も持ち合わせる優秀な女性でなければ。ついでに言うならモントシュタイン卿の手綱をしっかりと握れるような気性の荒い……いえ、心根の強いご令嬢が望ましいわ!」
芝居が大きすぎる、とアルトランテは溜息を吐いた。視線の先ではリンティアナがわざとらしく顎に指を添え「そうなるとぉ……」と思案する仕草を見せている。結論はとっくに出ているだろうに。
閃いたと言うようにパンと手を合わせ、リンティアナは王に向き直った。
「私に良い提案がございます」
にっっこり。音がしそうなほどの過剰な笑顔だ。
もう何度目かわからないアルトランテの溜息が零れる。王とフォンゼルは固唾を呑んで身構え、イヴォナはきょとんとしてリンティアナの言葉の続きを待ち、辺境伯は訳が分からないというように呆けている。
「クナハの守りの要を担うヴィド・モントシュタイン辺境伯には、是非とも我がエリュシオンのウィンフィールド辺境伯が末妹、マチルダとの縁談を!」
渾身のドヤ顔で宣言しながら、我ながら名案だとリンティアナは思った。
クナハとエリュシオンは友好国。これまでにも下位貴族同士の婚姻はたびたびあった。辺境伯ともなると流石に前例がないが、条件はこれ以上なく一致する。
この婚姻が成立すれば、モントシュタイン辺境伯家はクナハ王家のみならず、エリュシオンでも指折りの武闘派であるウィンフィールド辺境伯家の後ろ盾を得ることになる。ヴィドを厳しく鍛え直すだけでなく、何かと不穏な動きを見せるフォブリオール貴族に対する牽制も出来て一石二鳥というわけだ。
(まぁ、これこそエリュシオンによる辺境伯家乗っ取りじゃないかと言われれば……うん、微妙なとこだけど)
「ふむ、名将と名高いウィンフィールド辺境伯家のご息女か。我らには願ってもない話だが、あちらは良いのだろうか」
王は存外乗り気なようだ。内政干渉と言われても仕方のない展開だが、クナハを守るためにはやむなしと即断したのだろう。
「ええ、ご安心ください。マチルダは武にも長けた才女。役に立てるお家に嫁ぎたいと常々話していますから、これ以上ない御縁かと。鍛え上げられた侍女や従者も連れて来てもらいましょう」
「おお、それは実に頼もしい! なんと有難いお話か!」
「友好国なのですから、当たり前ですわ。協力してこの地を守りましょう」
さくさくと話をまとめる王とリンティアナを、縁談の当人である辺境伯ヴィドは冷や汗を流しながら交互に仰ぎ見るだけだ。
口を挟む余地などどこにもない。無論、拒否権もない。何だかとんでもないことになっているのでは……と青い顔をし始めた辺境伯ヴィドに向かって、リンティアナは上機嫌で言った。
「モントシュタイン卿、マチルダは手強いですわよ。死ぬ気で頑張ってくださいね!」
死ぬ気で頑張らなければならない婚姻とは、一体。辺境伯は青い顔で、ただ弱々しく頷くことしかできなかった。
リンティアナの数少ない友人の一人、エリュシオンの辺境伯令嬢マチルダ・ウィンフィールド。
とびきり野心家で優秀な彼女ならば、きっと造作もなくヴィドから全ての権限を巻き上げ、この辺境伯家を乗っ取り……もとい、立て直してくれるだろう。
(実に良い縁組だわ。何せあの子は私に劣らぬ超ド級の面食い。この辺境伯、あの子の好みど真ん中だもの)
無論、マチルダとて顔だけのクズ男は願い下げだろうが、まだ年若いヴィドには更生の余地はある。ものすごく好みの顔を傍に置き、自らの手腕を遺憾なく発揮できる舞台を、きっと彼女はこれ以上なく喜ぶだろう。
「……イヴォナ。お前の婚約は白紙となるが、それで良いか?」
眉を下げ、申し訳なさそうに告げる王。端から白紙に戻す予定だったのだろうが、流石に娘を利用した自責の念があるのだろう。
「はい、お父様。むしろ嬉しいです!」
イヴォナはハキハキと満面の笑みで応えた。元よりヴィドに対する想いなどこれっぽっちも無いようで、リンティアナも胸の内で安堵した。
一つ息を吐き、リンティアナは自身に気合を入れた。本題はむしろここからなのだ。
「実は、もう一つご提案がありますの」
「おお、なんだ?」
ちらりとイヴォナを見れば、きょとんとした顔をしている。その後ろに立つオレアと呼ばれた騎士も同様に。二人に向かい、リンティアナは柔らかく微笑んだ。
「イヴォナの婿には、この騎士を推薦しますわ」
「む?」
「えっ?」
王とフォンゼルから上がる間抜けな声。
「えっ、ちょっと、リンティアナ!?」
「……っ!」
一拍遅れてイヴォナが驚きの声を上げ、騎士が動揺に身を揺らす。
王は僅かに目を瞠り、それから真面目な顔でフォンゼルと目を見合わせた。戸惑いはあるものの、フォンゼルの表情には否やの色はない。王は腕を組み、目を閉じて思案した。すかさずリンティアナが追撃を繰り出す。
「彼は今回、実に良い働きをしてくれました。身を挺してイヴォナを守ったのですもの。王族の伴侶に必要なのは何よりも忠誠。ときに家柄よりも優先されるべきでしょう」
「う、うむ……」
王はまだ渋い顔をしている。まだまだ先だと思っていた娘の婚姻が急に現実味を帯びて、心が追い付かないのかもしれない。
(はぁ、もう。男親ってどこも面倒なのね)
自らの父を思い浮かべ、その複雑な心境を思いやる。だが、引き下がる気は無い。リンティアナは王の目の前で腰に手を当て、駄目押しとばかりに言い放った。
「何より、イヴォナが望んでいるわ。下策で彼女を傷つけた自覚があるのなら、王として、そして父として、賢明な判断をしてくださいな!」
「……っ、ああ、そうだな。その通りだ。イヴォナが望むのであれば、認めよう!」
リンティアナの圧に苦笑いを零しつつ白旗を上げた王は、確かに親の顔をしていた。
イヴォナは信じられないと言いたげに頬を紅潮させ、フォンゼルは労うように父の肩を叩いた。
「英明なるご決断に感謝しますわ、王。となれば、騎士オレア。王女の配偶者となるあなたを、そのままにはしておけませんわね」
言うが早いか、リンティアナはまだ状況を飲み込めていないらしい騎士に歩み寄った。
「怪我を見せなさい」
「は、はい……!」
混乱しつつも、言われるがままに応急手当を施されただけの腕を差し出す。
「リンティアナ……?」
何をするのかとイヴォナが小首を傾げたところで、リンティアナの手元からパァッと仄白い光が迸った。時折こまかな虹色のきらめきが混じるそれは、リンティアナが扱う最上級の治癒魔法だ。
「あまり知られていないけれど、治癒魔法にはざっくり分けて二種類あるの。回復力を高めるものと、怪我をする前の状態に戻すものよ。どちらもメリットとデメリットがあるけれど、今回は前者にするわ」
ものの数秒で塞がっていく傷を、イヴォナも騎士も目を丸くして眺めている。
「あえて痕は残すわね。これは王女をお守りした栄誉の傷よ。消してしまうには惜しいもの」
あっという間に治癒を終え、リンティアナはイヴォナに向かってにこりと微笑んだ。雷のような傷跡を残してすっかり癒えた腕を振り、騎士が慌てて最敬礼のお辞儀をする。
「あ、ありがとう存じます! 王女殿下をお守りできたこと、そして畏れ多くも皇女殿下に治癒頂いたこと、生涯の誉れといたします……!」
「私からも、本当にありがとう、リンティアナ……」
騎士に寄り添って立ち、今にも溢れさせそうに涙ぐみながら、イヴォナも心からの礼を言う。
「幸せになってちょうだい、イヴォナ」
その言葉に何度も頷き、イヴォナは大粒の涙を流した。その姿を愛おし気に見つめる騎士オレアの瞳にも、光るものが滲んでいた。




