34. 従者の怒り
「ぎゃっ」
「ぐぁ……っ」
短い悲鳴がほぼ同時に上がり、ドサリと倒れた自称傭兵たちの周囲に埃が舞う。
アルトランテは至って涼しい顔で彼らの一方を膝で抑えつけ、もう一方の頭をこれでもかと床に押し付けている。
「どっ、どこから……!?」
「それがわからない奴に教えても無駄だろ」
明確な怒気を湛えた声で言い放って、アルトランテは問答無用で男を殴打した。ゴスッと重たい音が暗がりに響く。
「相手なら俺がしてやるよ」
どうやら先ほどのリンティアナに対する『一発お相手』発言が相当気に食わなかったらしい。二度、三度と殴打する姿に、リンティアナはさりげなくイヴォナの視線を扇子で遮りながら溜息を吐いた。
「アル、ほどほどにね」
「……はい」
二回ほど追加で殴ってから、アルトランテは渋々返事をした。表情から察するにまだ怒りは収まらない様子だ。
眉根を寄せながら物言いたげにリンティアナを見て、これみよがしに溜息を吐く。
(あれ、これもしかして「呼ぶのが遅い」って私が怒られるパターンじゃない? え、やだ)
今回、アルトランテには「私が呼ぶまで出てこないで」と厳命していた。
リンティアナ本人が辺境伯の不正の証拠を押さえると告げた時にも散々渋られたが『防御魔法を重ね掛けする、無駄に煽らない、危なくなる前に必ず呼ぶ』という条件で何とか納得してもらっていた。過保護ぶりが凄い。
自傷傭兵たちには多少の暴言を吐かれただけで危なくなったわけではない、とリンティアナは思うのだが……どうやらアルトランテの判定ではアウトだったようだ。
きっと「危なくなる前にっていうのは、奴らにイラつき過ぎて俺の血管が危なくなる前に呼べって言う意味です」などと理不尽な屁理屈をこねるだろう。
もう先手を打ってさっさと謝ってしまおうとリンティアナが口を開きかけた時、ドスドスと無骨な足音が聞こえてきた。
「おお、そちらも終わったか! こちらも無事にこの屋敷を制圧したぞ!」
狭い通路を震わせるような大声を響かせて、クナハ王ハーヴィーが現れた。彼自身も、後ろに引き連れた数名の精鋭も、傷はおろか塵一つも付いた様子が無い。この程度は造作もないということだろう。
「はっはっは、今頃は裏山にいるお前らの仲間も掴まってるだろう。息子を行かせているからな!」
アルトランテから騎士へと引き渡された自称傭兵たちを眺め、愉快そうに笑う。
「フォ、フォンゼル様は王都にいるのでは……?」
床にへたり込んだ辺境伯が蚊の鳴くような声で呟く。王はいっそ哀れと言いたげに辺境伯を見やり、フッと鼻で笑った。
王太子フォンゼルは王都で留守番、というのは勿論嘘だ。彼はあらかじめ別動隊を率いて辺境伯邸裏手にある山中へ向かっていた。
昨夜のうちにリンティアナが遠視と探索の魔法で割り出した拠点の洞窟を取り囲み、潜んでいた賊たちをあっさりと捕縛。暢気な大型犬のような風体をしていても、そこはやはり次期辺境伯。父譲りの類まれな将才がフォンゼルにはある。
もう観念するしかないと悟ったのだろう。力なく項垂れ、どこか安堵したようにも見える辺境伯と王との会話を眺めながら、リンティアナはこそりとアルトランテに耳打ちをした。
「やっぱり今回はジスの出番は無さそうね。拗ねるかしら、あの子」
「拗ねさせておけば良いんですよ」
常のように無表情ながら、どこか愉快そうな声でアルトランテが言う。
アルトランテは時々、魔王ジスティリオールに対して棘のある物言いをする。リンティアナ以外の存在には良くも悪くも興味を抱かない彼にしては珍しく、はっきりと「気に食わない」という意思表示をすることがたびたびあるのだ。
リンティアナはそれを常々不思議に思いながらも、特に実害も無いので放っておいている。従者の心、主知らず。恋愛ポンコツのなせる業だ。
「この、クソが……っ!」
傭兵の一人が、騎士に押さえつけられながらも身を捩って魔法を放った。恐らくは風属性の攻撃魔法だろう。高速で回転する風の刃が、リンティアナとイヴォナを目がけて飛ぶ。
「きゃああっ!」
イヴォナの悲鳴が響いた。が、イヴォナ自身に怪我はない。代わりにイヴォナの前に立ち塞がった騎士が、右腕に裂傷を負った。
「ど、どうしよう、私を庇ったせいで……!」
「これくらい何でもありません。それよりイヴォナ様がご無事で良かった」
「オレア……!」
イヴォナが涙混じりにその騎士の名を呼んだ時、リンティアナはピンときた。
(……あらあら。なるほど、そうなのね)
身を挺して王女を守った騎士オレア。
彼がイヴォナへ向ける視線と、彼を見つめ返すイヴォナの瞳が全てを物語っている。他の騎士がオレアの腕の応急処置をする間も、ずっと二人で見つめ合っているのだ。いかにリンティアナが恋愛ポンコツゴリラといえど、これは気付かないほうが難しいだろう。
(彼への恋心を押し殺して、政略結婚という王女の務めを果たそうとしていたのね……。彼もまた、身分差ゆえに想いを伝えることはしてこなかったんでしょう)
何と健気な事か。リンティアナは内心で「尊い!」と叫んだ。心の中の小人も同様に。
(まぁ、イヴォナには防御魔法をかけてあるから、あんなの余裕で弾けたんだけど……野暮なことは言わないほうが良いわよね!)
リンティアナは心の中の小人とともに、うんうんと頷いた。
「お、お許しください!!」
声を張り上げてそう言いながら、辺境伯が額を打つ勢いで王に土下座した。
「これまでのこと、全て正直にお話します……!」
「おい、てめぇ裏切るつもりか!」
絞り出すように訴える辺境伯に、自称傭兵たちの怒号が飛ぶ。
すかさずアルトランテが容赦なく彼らの首筋に手刀を入れ、意識を失わせた。そのまま慈悲の欠片もない仕草で地面に転がし、冷ややかな目で王を見やる。
「お話をされるのでしたら、場所を移してはいかがでしょう」
その言葉の裏にある『これ以上、我が主をこの薄暗く不衛生な場所に留め置く必要があるのか? ないだろうが、この愚図が』という強い非難を正確に汲み取って、王は僅かに冷や汗をかきながら「うむ、そうしよう!」と賛同した。
***
辺境伯ヴィド・モントシュタインが話したことは、要約するとこうだった。
モントシュタイン家の次男として生まれたヴィドは、豪傑と名を馳せる父や優秀な兄と事あるごとに比べられ、強いコンプレックスを抱いていた。
筋肉のつきにくい質で騎士の適性スキルもなく、いっそ父兄とは全く違う道へ進もうと思い立ち、商いを学んで自身の商会を立ち上げた。
もともと貴族らしく煌びやかなものが好きだったこと、そして実際に物を見る目もあったのだろう。瞬く間に商会は軌道に乗り、自国だけでなく国境を挟んだ隣国フォブリオールの貴族たちからも声が掛かるようになった。
ところが商会長としてようやく一目置かれ始めた頃、ある事件が起きた。
「正直、浮かれていたのだと思います……」
ヴィドは消え入りそうな声で言った。
取引相手の貴族から預かった大切な品を、あろうことか破損してしまったのだという。
それは隣国フォブリールの王家ゆかりの古い飾り壺で、とある貴族から真贋の鑑定を依頼され、その天文学的な価値が確かめられた矢先の出来事だった。
帰路の馬車が物取りに襲われ、かろうじて逃げ切れたものの、壺は無残な姿になってしまった。信頼こそが生命線の商会業にあるまじき、重大な失態だった。
ヴィドは悄然としながら事の次第を相手の貴族に告げた。命を持って償えと言われることも視野に入れ、身を硬くしていたのだが……。貴族は、この件を公にはしないと言った。不運な事故で前途ある若い商会長の未来を潰したくはないと。
当時のヴィドには、その貴族が神のように思えた。許す代わりに今後も何かと便宜を図って欲しいと請われたときも、父や兄に失態を知られるわけにはいかないという焦りから、二つ返事で承諾してしまった。それが、全ての始まりだった。




