31. ごり押しの助太刀
きっと、王には何か考えがあるのだろう。
豪快で粗野な力自慢に見えて、決してそれだけではない策士の一面が王にはある。無論、人畜無害の大型犬のような顔をした王太子にも。
「お相手の辺境伯様の領地では、ここ最近夜盗が出ると聞きました。イヴォナの嫁ぎ先として、ちょっと心配ですわね」
たまたまうちの『お使い』から聞きましたの、と付け足して、にっこりと笑う。
たまたま、などあるはずもない。リンティアナの『お使い』は世界最高峰の諜報集団だ。少なくとも王と王太子には真意が伝わっただろう。リンティアナが既に、全て、把握しているということが。
「ええっ、夜盗!?」
イヴォナが驚いて青褪める。全く知らなかったようだ。
(あえて知らせなかったのでしょうね。まぁ、この子を守るためでもあるんだろうけど……)
王と王太子に咎めるような視線を送れば、二人は一瞬だけ視線を交わしてから口を開いた。
「……はっは、いや面目ない! 実はそうなのだ!」
「我々もつい先日知ったんだけどね。近々、討伐の応援に行こうと思っているから」
だから大丈夫だと話を切り上げようとしたフォンゼルの言葉を遮って、リンティアナはパンと手を打ち鳴らした。
「まぁ、そうでしたの! それなら丁度良かったわ。私もお手伝いさせて頂けるもの!」
言外に滲む『私も連れて行け』の圧に、僅かに肩を揺らす王とフォンゼル。
(あくまで『友人に会いに来たら偶然夜盗の存在を知って、偶然居合わせたから偶然助太刀することになった』だけだもの。内政干渉には当たらないわ。多分)
にっこりと笑みを深めて返事を待つリンティアナ。
「う、うーむ……万が一皇女に何かあったら、それこそ大問題なのだがなぁ」
この首一つでは到底収まらんぞ、と顎髭を揉みながら苦笑いする王。
「でも駄目って言っても聞かないよね、リンティアナは」
フォンゼルも眉を八の字に歪めて溜息を吐く。さりげなく失礼だが、事実なのでそこは反論はしないでおく。
「何かなどありませんわ。これでも私、魔法帝ですもの」
そう言って渾身のドヤ顔をして見せる。
最強の魔法帝であり、今や魔王まで従えたリンティアナを害することが出来る者など、ほぼ存在しない。むしろ心配すべきは相手の安否だ。
「はっはっは! うむ、それは確かに心強い!」
王が豪快に笑って膝を叩いたところで、それまで押し黙っていたイヴォナが唐突に声を上げた。
「わ、私も行きます!」
不安を握り潰すかのように両拳をぎゅっと握り、真剣な眼差しで訴える。予想だにしていなかったのか、王やフォンゼルが慌てて反対した。
「何を言うイヴォナ、お前はここに居なさい!」
「そうだよ、荒事になる可能性も高いんだから」
「私だって弓の腕前は近衛にも負けません! それに、わ、私の嫁ぎ先のことだもの、無関係ではないわ!」
イヴォナのその言葉に、フォンゼルが弱ったように頭を掻く。
「イヴォナ、それには訳が……」
「良いのではないかしら。イヴォナは当事者だもの、知る権利があるわ」
そうでしょう、とリンティアナは王とフォンゼルを見やった。二人ともまだ物言いたげな顔をしているものの反論は出ない。その隙を見逃さず、すかさず退路を断つ。
「では皆で、明日出発しましょう」
「えっ、明日!?」
「先方には早朝に先触れを出せば宜しいわ。緊急時ですもの、少々の礼儀違反は見逃してもらいましょう」
この王都から辺境伯領までは、常ならば二日はかかる。王宮のどこかにいるだろう先方の間者が急報を出せば、諸々の隠ぺいを図るくらいの時間はあるかもしれない。猶予はあまりない。
「ハーヴィー王、フォンゼル。『善は急げ』ですわよね?」
「う、うむ、その通り!」
「リンティアナがいてくれて心強いよ……」
にっこりと微笑むリンティアナに、どこか諦めを滲ませる王たち。その横ではイヴォナが頬を紅潮させて前のめり気味に気合を入れている。
その様子を無言かつ無表情で眺めながら、アルトランテは(リン様に害が無ければ何でもいい。そんなことよりこの薬草茶、リン様の好みだな。レシピを教えてもらうか)と内心で呟いた。
「すまんな。本当は皇女が来る前に片付けておく予定だったんだ」
各々支度に取り掛かろうと解散したところで、王は声を潜めてリンティアナにそう告げた。
「……どうしてイヴォナには何も教えなかったのですか?」
「わざわざ怖がらせたくはなかったのだ。それに、あれはすぐ顔に出るからな」
弱ったように苦笑いする王に、リンティアナも(確かに!)という言葉を飲み込みながら小さく頷く。
「それでも、利用しておいて何も教えないなんておかしいわ。全て片がついたら、きちんとイヴォナに謝ってくださいね」
「うむ、元よりそのつもりだ」
念押しするようなリンティアナの言葉に、王はどこか腹を括ったように頷いた。
***
「全く、あの人たちも相変わらずね」
賓客室に戻ってすぐ、リンティアナは我慢していた溜息を盛大に吐きだした。
王は気の遣い方がどうにも雑だ。彼によく似たフォンゼルも然り。イヴォナを大事に思っているからこそ全てを秘密裏に終わらせようとしたのだろうが、残念ながら彼女は何も知らずに守られることを良しとするようなお姫様ではない。
王もフォンゼルも根が善であることは疑いようもないのだが、根底にある価値観がリンティアナとは異なる。どちらが正解ということでもないし、仕方がないことでもあるのだが。
「話してると、どうしても疲れるのよねぇ」
「そんなことで結婚なんかできるんですか」
「う……」
今回の婚活の目当ては王太子フォンゼルだ。もし成功したとしても、きっと互いの価値観のすり合わせが大変だろう。この疲労が日常になるのかと思うとズンと気が重たくなる。
だが、結婚とはそもそも別の人間同士の結びつきなのだから、当然と言えば当然のことだ。幼馴染で気心が知れている相手なだけマシではないかとも思う。
「でもそれ、リン様がいう『幸せな結婚』なんですか?」
「そこなのよね……」
嫌な核心を突く言葉だ。幸せになるのが目標なのか、それとも結婚するのが目標なのか。
幸せになるために結婚がしたいはずなのに、結果として自分の思う幸せからズレていきそうなのは何故なのか。
「愛し愛される結婚がしたいなら、フォンゼル様は無理ですよ」
「ハッキリ言わないでよ……。そんなピッタリの相手なんか、そうそう見つからないんだから」
「案外、適任が近くにいると思いますけどね」
「え?」
誰のことかと問おうとしたリンティアナを、アルトランテは真っすぐに見つめた。青緑色の瞳の奥で、ぱちりと七色の魔力が弾ける。
アルトランテは、この世で唯一、リンティアナの七色の魔力を『混ぜた』専属従者だ。極一部の信頼のおける者にのみ許される『魔力の交換』を、アルトランテは十一歳のときにリンティアナから受けた。
上位の者の魔力を混ぜることで能力の飛躍が見込めるが、魔力量に差があればあるほど強い苦痛を伴う。それを知っていたリンティアナは当然戸惑ったが、アルトランテから「あなたの側に居続けるために必要なんです」と強く訴えられ、最後は根負けした。
感情の高ぶりに合わせてリンティアナの髪先で魔力が爆ぜるように、アルトランテの瞳は雄弁に感情を語る。喜怒哀楽や恐怖、焦りや不安、そして強い愛情や欲情。揺らめく心の内を表すかのように、瞳の中で七色の火花が爆ぜるのだ。
ほんの数秒が永遠のように長く感じる。
無言のままじっと見つめてくる視線に耐えられず、リンティアナはふいと視線を逸らした。負けを認めるようで悔しい。けれどこのまま見つめ合っていたら、何だかおかしなことを口走ってしまいそうだった。
(こういう意味深な態度、本当にずるい……勘違いしそうになるじゃない)
ふぅ、と一つ息を吐き、リンティアナは意識していつも通りを装った。
「と、とにかく! 今はイヴォナのことが最優先よね! これは決して現実逃避じゃないわよ。婚活に集中するためにも、散らかった問題を先に片付けておきたいの!」
「その宣言をするってことは、ちょっと逃げてる自覚はあるんですね」
「お黙り!」
悪びれもせず小さく舌を出すアルトランテに、諦観まじりの溜息を吐く。
これが逃避だろうと何だろうと、大切な友人のために出来ることはやらなければ。そのためにも婚活については一旦保留だ。
「アル、辺境伯領の地図を」
「ここに」
当然のようにサッと差し出されたそれを受け取り、リンティアナは不敵に笑って言った。
「どうせなら、さっさと終わらせましょう」




