27. 魔王と従者の男子会
リンティアナが母たちの謎の圧を全身に食らっていた頃。
第八皇女宮には、留守番のアルトランテと暇を持て余した魔王ジスティリオールがいた。
アルトランテがバリバリと雑務をこなす傍らで、常のごとく宙に浮いた魔王はクッキーの食べかすをあちこちへ降り注ぎ、およそ五分に一度はアルトランテの盛大な舌打ちと苦言が室内に木霊している。実に混沌とした様子だ。
ふと、魔王が思い出したように問う。
【おい、アル。お前、何故リンティアナに想いを告げんのだ】
「あ?」
心底嫌そうに、これでもかと眉根を寄せて顔を上げるアルトランテ。
【リンティアナがおらんと五割増しでガラが悪いのう……】
「お前には言われたくない」
【なんじゃと。今の我は可愛いじゃろうが】
心外だ、と言うように、魔王は両拳を顎に当て、第八皇女宮の侍女たち(よくクッキーをくれる)に好評だったあざといポーズを決めて見せる。が、アルトランテは鼻で笑って受け流した。
今は子供の姿をしているが、本来の魔王は背丈二メートルを優に超す魁偉だ。筋骨隆々、肌の色も爪や角の禍々しさも今の姿とは程遠い。「ガラが悪い」どころの話ではない。
【で、何で言わんのじゃ。あやつ、コンカツとやらをまだ続けるつもりのようではないか】
「……」
【なぁ、おい。聞いておるのか、眼鏡】
無視を決め込もうとしたアルトランテだったが、魔王は黙る様子が無い。眼鏡などと安直なあだ名まで付け始めた。きっとアルトランテが何らかの答えを出すまで問い続けるのだろう。
はぁ、と溜息を吐いて、アルトランテは頭上で浮いている魔王に向かって言った。
「まだ早い。ガキの頃に散々、勝てない殺し合いはするなと教わったんでね」
【求婚と殺し合いは違うじゃろ……】
「負けたら死ぬんだから同じだろ」
さらりと言って、また溜息を吐く。
「俺はリン様の唯一絶対でありたいんだ。それが叶わないなら、この世に居続ける意味なんかない」
【過激派じゃのう……】
「何とでも言え。だが、まぁ……心配しなくても諦める気は毛頭ないぞ。俺は外堀から埋める派なんだ」
そう言って、アルトランテは悪い顔で笑った。
実はこの男、リンティアナの国内での縁談をことごとく潰して回った張本人だ
巷でまことしやかに流れる第八皇女魔法ゴリラ説を否定せず、何ならやんわり補強し、更には「リンティアナの好みは顔だけじゃない顔が良い男」だと付け加えて流布した。嘘はついていない。
この時点でビジュアルに自信の無い者は遠ざけることが出来たのだが、今度はその情報をもとに、整った容姿を武器にして公務や夜会の場でリンティアナ近付こうとする者が現れた。
顔だけの馬鹿なら放っておいても心配はないが、なかには家柄正しく思慮深く、見目の良い者も当然いる。そうした輩は全て、威圧することにした。
公務でも夜会でも必ずリンティアナの傍らに立ち、近付こうとする彼らを無言でじっと見つめるだけで、ほぼ全員が視線を逸らしてすぐにその場を去った。人の敵意に敏い者ほど顕著で、実に話が早かった。
極小数いた『リンティアナを利用しようと企むろくでもない輩』については、影として培ってきた能力と人脈を駆使して、平和的に追い払った。税の過少申告やら不貞行為やら、少し叩けばいくらでも埃が出る奴らだったので簡単だった。
本当は存在ごと消してしまった方がアルトランテとしては心穏やかになれるのだが、そんな物騒かつ無益なことをリンティアナが望むはずがないので我慢した。
そうして日々粛々と努力(?)をし、リンティアナがプレお見合いの茶会を主催すると言い出す頃には、国内の大体の貴族子息たちには「皇女本人も従者も色々な意味でヤバい」と周知することに成功したのだ。
リンティアナが「国外で婿探しをする!」と言い出した時には少し焦ったが、皇帝の親馬鹿ぶりからして、外国への輿入れは恐らく実現しないだろう。更に言うなら、当然頭に入っている周辺諸国の王侯貴族には、リンティアナと釣り合いの取れる優秀な未婚の者など数えるほどしかいない。
そのうちの一人であるザルツイェーレンの第二王子についても、リンティアナより一足早く目を通した『お使い』からの報告で、問題なしと判断した。思った通り、早々に自国の公爵令嬢とくっついてくれた。
次に向かうだろう国も、そこにいる婚活相手の候補にも、目星はついている。
アルトランテは、全ての準備が整うまでは……つまり、埋められるだけ外堀を埋め、逃げ場がなくなるよう強固な囲いを作りあげるまでは、リンティアナの望むようにさせようと思っている。
従者としてリンティアナの自由意志を最大限尊重しようとも思ってはいるが、それはそれとして他の誰かに渡すつもりなど更々ないのだ。
「うわぁ……」と言いたげなドン引き顔で、魔王は諦観を滲ませながら呟いた。
【……あの主人にして、この従者ありじゃな。どっちもイカレとる】
「それほどでも」
【褒めとらん】
どちらからともなく、フッと笑う。
魔王はどこか安堵したようにクッキーのカスを降り注ぐ作業を再開させ、アルトランテは雑務の処理と、五分に一回魔王を叱る作業を再開させた。




