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25. 女傑の女子会

 

 広大なエリュシオン皇宮の最奥にある皇族専用庭園では、薔薇が見頃だ。

 赤、紅、薄黄、淡い桃色に橙、緑や黒の変わり種まで多種多様。最盛期には少し早いが、膨らみ始めた蕾の愛らしさも堪能できる良い時期だ。


 青空の下、そのとりどりに咲き誇る初夏の薔薇に囲まれた美しいガゼボで、エリュシオンにおいて最高位の女子会が開かれている。


「リンちゃん、ザルツでは何だか大変だったみたいねぇ」


 のんびりした声で問うのは、リンティアナの四番目の姉で帝国農業研究所の主席研究員をしているエリーザベト。

 ふわふわの藁色の髪に明るい緑色の目が愛らしい美女で、古くから帝国の農業研究を担ってきたヒオニス伯爵家に嫁いだ伯爵夫人だ。


 婚姻後は婚家の姓のみとなるのが普通だが、エリュシオン皇族は例外。世界のどこへ嫁いでもエリュシオンの名は必ず残る。

 ザルツイェーレンに嫁いだスマラクトも、正式な名はスマラクト・エル・リズ・エリュシオン・ザルツイェーレンだ。


「報告が来て、とっても心配してたのよぉ」


 おっとりした口調に語尾を伸ばす癖も相まって、エリーザベトは二十六歳という年齢よりも幼く、ぽやんとして見える。だが、非常に優秀な研究者だ。


 植物系スキルの最上位『緑の親指』を持って生まれ、エリュシオンにおいても悪くなりがちな冬場の食糧事情を大きく改善した功労者なのだ。

 おかげで民からの人気がすさまじく、その豊満な見た目も相まって『豊穣の女神』と呼ばれている。


 母皇妃譲りのスレンダー体型のリンティアナは、エリーザベトに会うたびに不可抗力で視線が吸い寄せられてしまう。眩くも羨ましい胸元に。


「エリ姉様、今日も見事ですね……」


 エリーザベトは姉妹のなかで一番豊かなのだ。胸が。


「そうなのよぉ、また大きくなっちゃったの。ベアトリクス姉様に頼んで、肩こり解消魔道具を改良してもらわなくちゃだわぁ」


 困ったわぁ、と肩を揉むエリーザベトの横で、リンティアナはそっと自身の胸に手を当てた。胸の重さで肩が凝ったことなど、前世も合わせてただの一度もない。


「リンは今のままで十分魅力的よ」


 ぐぬぬと口元を歪ませるリンティアナに、逆隣に座る一番上の姉がすかさずフォローを入れた。


 第一皇女であり、今は家臣筆頭でもあるエメット公爵家の夫人、マルガレーテだ。

 ゆるく巻かれた黒髪に金茶の瞳、長い睫毛が美しいゴージャスな美女で、こちらもエリーザベトほどではないがナイスバディの持ち主だ。


(そんな体で言われても説得力ないし!)という言葉がリンティアナの喉元まで出かかったが、口にはせずに飲み込んだ。マルガレーテは行儀作法にとてもうるさいのだ。


「ザルツの件、最後はレニャ王妃が場を収めたそうね。スマラクト叔母様がお認めになっただけのことはあるわ」


「はい。なかなかのゴリ……いえ、女傑とお見受けしました」


「他国の王妃にゴリラは駄目よ」


 ばれている。

 キッと視線を強めるマルガレーテに向かって、リンティアナは「ごめんなさい」と素直に謝った。


 マルガレーテのスキルは社交系最上位の『淑女の鏡』だ。

 彼女はその名の通り自他に厳しい淑女のなかの淑女で、ミドルネームのローザから『この世で最も美しい薔薇』と称され、国内外の社交界を牛耳る恐るべき華だ。


「レニャ王妃には、お母様たちもお会いしたことが無いのでしょう?」


 テーブルを挟んだ向こう側へ、マルガレーテが問う。視線の先にはマルガレーテの実母である第一側妃と、リンティアナの実母である皇妃が並んで座っている。


「ええ、そうなのよ。スマラクト様の件、陛下はそれはもうお怒りでしたからね。私たちも立場上あちらの招待を受けることが出来なくて……叶うなら一度お会いしてみたいわ」


 第一側妃ヴェロニカが残念そうに眉を下げながら答えれば、隣に座る皇妃リーリアも同意するように頷いた。


「そうね。ついでに能無しにも程があるザルツ王にも会ってみたいわよね」


(お母様! そういうとこ!)


 歯に衣着せぬ物言いは母の長所でもあるのだが、リンティアナはいつもハラハラしてしまう。

 こんな明け透けな話し方は身内の前だけだとわかっていても、いつか公式の大事な場面でやらかすのではないかと心配になるのだ。


(それにしても、いつ見ても絵になる二人よね。何回見ても見飽きることなんか絶対ない推しの作画の美女たち……感謝しかない。今日も拝んどこ)


 リンティアナは心の中で小人とともに合掌した。


 実際、皇妃と第一側妃の美しさは広く世に知れ渡っている。艶やかな黒髪に青い瞳の皇妃リーリアと、燃えるような真紅の髪に金の瞳の側妃ヴェロニカ。


 若い頃は『澄み渡る清廉な泉と燃え盛る情熱の焔』あるいは『冷厳なる月と灼熱の太陽』などと、まるで二人でセットのアイドルかのように呼ばれたらしい。


 凄腕の皇族護衛でもある叩き上げの子爵令嬢と、気品あふれる由緒正しい公爵家の令嬢、どちらが陛下の心を射止めるのかと民の間では随分と話題になったそうだ。ヴェロニカ曰く「最初から陛下はリーリアしか眼中になかったわ」とのことなのだが。


 余談だが、リンティアナには他に三人の義母と五人の腹違いの姉がいる。皆リンティアナを溺愛しているため、全員それはもう熱烈にこの女子会に参加したがったのだが、それぞれに執務やら研究やら神事やらの都合がつかず、今回はこの五名での開催となった。


 リンティアナの四人の兄と父については最初から参加権を与えられていないため、それぞれ大人しく仕事をしている。


「スマラクトの子……第二王子の印象はどうだった?」


 菓子を摘まみながら、皇妃リーリアが問う。軽やかな声だが決して気軽な雑談の類ではない。

 リンティアナの眼から見て、第二王子マクシミリアンを同盟国ザルツイェーレンの次代の王としてどう思うか、ということだ。


 十歳下のスマラクトのことを、皇妃リーリアは実の妹のように可愛がっていた。自他に厳しく合理的な考え方をするところがよく似ていて、二人は相当馬が合ったらしい。だからこそ気になるようだ。


「そうですね……マクシミリアン殿は、どちらかというと覇道よりも正道を歩みそうなお方かと。ただ、何というか」


 うーん、と一度言葉を切って、リンティアナは相応しい表現を探した。


「こう、真っすぐそうなお顔の割に大胆かつ腹黒い面もありそうなところが、スマラクト叔母様に似ている気がしましたね」


「まぁ、それは」


「将来有望そうね」


 肩を並べた母たちが息ぴったりに言う。

 底知れぬ金と青の瞳が興味深そうに、けれど僅かに警戒するような色を帯びて輝いた。リンティアナが感じたように、マクシミリアンの代にはきっと、ザルツは少し手強い相手になると予感しているのだろう。


 ひとしきり国政の話に花を咲かせ、話題はリンティアナの婚活へと移った。

 リンティアナが三歳の時に「魔王を倒して幸せな結婚をする!」と宣言してから十五年。両親や義母たちはもちろん、兄姉からも過剰なほど心配されてきた。


 打倒魔王の修業にほとんどの時間を費やし、まともな社交活動などほぼしていない末っ子(しかも面食いの気配が色濃く漂う)が、ろくでもない相手にひっかかるのではと誰もが危惧したのだ。


 女性陣は「どんな男が好みか」「目星はついているのか」と事あるごとに問い、逆に男性陣は「結婚なんかしなくてもいい」「ずっとうちに居ればいい」と耳にタコが出来るほど言ってきた。


 面倒なので大体は無視してきたのだが、めでたく魔王の脅威を片付けることが出来た今、リンティアナが本格的に婚活を始めたことは周知の事実。家族は勿論、皇宮に出入りする貴族や使用人たちの間でも、リンティアナのお相手予想が今一番熱い話題なのだ。


「そもそも何で婚活なんかするのぉ? リンちゃんにはアル君がいるじゃない」


「エリ姉様、何度も言うけどあれは忠誠でしょう。愛ではないわ」


 はぁ、と深い溜息を吐いて、リンティアナは小首を傾げるエリーザベトに向けて答えた。


「アルには散々ダメなとこ見せてきたもの……そういう意味で私を好きになるわけないわ」


 視線を落とすリンティアナの姿に、母や姉たちは「おやまぁ」と言いたげに目を見合わせた。



 リンティアナがアルトランテと出会ったのは、五歳の時だ。

 アルトランテは当時十歳。最上級の暗殺スキルを買われ、皇家直属の『影』の中核をなすダンテ子爵家の養子となり、その才を遺憾なく発揮し始めた頃だった。


(初対面はお互い印象最悪だったのよね……)


 生意気な子供にありがちな、世の中を俯瞰して斜に構えるところが大いにあったアルトランテと、顔の良い男に対して異様な警戒心を見せていたリンティアナの相性は最悪だった。


 一方は『魔法帝だか何だか知らんが、わがまま放題に周囲を振り回す問題児皇女』だと思い込んでいたし、もう一方も『顔が良すぎて笑顔が胡散臭すぎるクズ男予備軍』だと勝手に決めつけていた。


 そんな二人の関係性が決定的に変わったのは、リンティアナの六歳の誕生日に起きた『ある事件』がきっかけだった。


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