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24. 顛末と帰路

 

 第一王子が起こした前代未聞の騒動をもって、夜の舞踏会は中止されることとなった。

 その上で、王と王妃を筆頭にザルツ重鎮たちの話し合いが行われ、第一王子リヒトシュテルンの王位継承権を剥奪することが正式に決まった。


 リヒトシュテルンは三年間の離宮での謹慎を経た後、王族から籍を外し、キーゼル男爵家に婿入りする予定だ。

 離宮にいる間に出来る限り学び直し、その後は人よりも家畜の方が多いのどかな田舎の男爵領で、領地経営を学ぶ手筈だという。


 リラは厳しいことで有名な修道院に一年間入り、その後は王妃と第二妃のもとで過酷な行儀見習いを受け、王妃の許しが出た段階で晴れてリヒトシュテルンと成婚することになる。


 家族への恨みつらみを貯めていたリヒトシュテルンも、王妃に成り上がることを夢見ていたリラも、互いへの愛だけは本物だったらしい。言い渡された処分に二人は泣いて喜んで、三年後の再会を胸に、粛々と反省の時間を過ごしているのだという。


(結局、お似合いの二人なのよね)


 報告を聞き、リンティアナは小さく笑った。

 権謀渦巻く王宮にいるよりも、自然豊かな小さな領地で牛や馬を愛でる生活のほうが、あの二人には余程性に合っているだろう。


 頭の出来は残念なところがあるが、見目はとびきり良い二人だ。抜けるような青空のもと、気取らない服を着て平民のように手を繋ぎ、紳士淑女らしくなく大きな口を開けて笑い合う姿は、きっとこれ以上なく絵になる。

 そう遠からず実現するだろうその姿を想像して、リンティアナは目を細めた。




 エリュシオンへ帰国する前の晩、王妃による内輪だけの晩餐会が開かれた。


 その場で王妃は、第一王子が起こした騒動の贖罪として、王妃に充てられている年間予算の三分の一を孤児院の拡充などの慈善事業に充てると宣言した。

 もともと持て余し気味だったから丁度良いと笑って、王や第二妃も二つ返事でそれを了承した。


(王妃なりのけじめなんでしょうね。民のためにもなるし、悪くない手だわ)


 リンティアナも笑顔で王妃の決断に賛辞を表した。

 そして予想していた通り、王太子には第二王子が立つということも発表された。マクシミリアンの優秀さを差し引いても、他に後継ぎはいないので当然だ。そしてこれもまた予想通り、王太子妃としてトリシャが立つことになった。


 少し照れくさそうにトリシャと並んで座るマクシミリアンを、リンティアナは(この人、一応私の婿候補だったんだけどな……儚い夢だったわ)と、何とも言えない複雑な思いで眺めた。

 その視線に気付いたのか、隣に座る第二妃スマラクトがこっそりと耳打ちをする。


「愚息の積年の想いがようやく実ったんだ、許してやっておくれ」


 その言葉の意味するところを一瞬だけ考えて、リンティアナはゆっくりと頷いた。やはり『想い人は兄の婚約者』だったということだろう。


 結果だけ見ればマクシミリアンは、王太子位も、賢く美しい王太子妃も、そして兄王子の不正を暴いた次代の賢王としての名声も、およそ王子として生まれついた者が望む全てを手に入れた。


(どこからが……ってのは、考えるだけ野暮よね)


 マクシミリアンが誠実な人間であることは事実だろうが、ときに誠実は色々なものと共存し得る。彼は恐らく、誠実なだけの人間ではないのだろう。


「ふふ。マクシミリアンは私に似て腹黒いところがあるのでな。為政者には向いているさ。ま、私はお前が嫁に来てくれても嬉しかったんだがね」


(婚活しに来たことバレてた……。まぁ、叔母さまだし当然か)


 気恥ずかしいやら悔しいやらで、ぐぬぬ、と口を妙な形に引き結ぶリンティアナ。

 スマラクトは楽しそうにけらけらと笑ってから、斜め前に座る王を顎で指し、更に耳打ちした。


「あれは頼りなかろう? だが、なかなか可愛いところもあってな。次に来た時にでもゆっくり話してやろう」


 悪い大人の顔で、ニッと口の端を持ち上げる仕草のなんと絵になることか。王よりも断然男前だ。うっかり惚れ惚れしてしまう。


(叔母さまは心がイケメンなのよね。はぁ~、これはずるいわ……)


 脳内の小人と同じく目をキラキラさせるリンティアナに、後ろに控えるアルトランテが「やれやれ」と言いたげな溜息を吐いた。




 ***




 帰路はザルツ王の許可を取り、転移魔法を使うことにした。

 ようやく戻れた自室でポイポイと靴を投げ出し、どさりとソファに沈み込む。


「っか~~! やっぱり自分の部屋が一番ね!」


「オッサンくさいですよ」


 放られた靴を常のように片方ずつ拾い上げながら、アルトランテが苦言を零す。


「いいじゃない、ザルツではずっと『大国の皇女』やってて疲れたのよ」


「あなたは今この瞬間も大国の皇女のはずなんですけどね」


「固いこと言わないで!」


 小言は聞きたくないとばかりに、リンティアナはふかふかのクッションに顔を埋めた。

 不在にしていた間も皇女宮の侍女たちによってしっかりと手入れをされていたそれは、控えめで爽やかなサボンの香りがする。


 リンティアナは思わず頬を綻ばせた。侍女たちは本当によくリンティアナの好みを把握している。


 ごろごろと笑顔で寝転ぶリンティアナに、アルトランテは手際よく紅茶の準備をしながら言った。


「それにしても、全く婚活できませんでしたねぇ」


「う……だって、そんな隙あったと思う?」


 眉間に皺をよせ、苦々しげな表情でリンティアナは答えた。


 マクシミリアンから「内密にお話がしたい、出来ればすぐにでも」などと告げられたときには、前世から通算五十路半ばの年甲斐もなくドキドキしてしまったが。


 蓋を開けてみれば近い未来に起きる騒動への謝罪だったわけで、年下の従弟との婚活は準備運動すら始まる前に終わってしまった。


「あんな空気見せられちゃね~……」


 トリシャを見るマクシミリアンの視線は、他へのそれとは大きく違っていた。トリシャからマクシミリアンへの視線もまた同様に。

 熱を帯びるというのか、隠しきれない想いがこもるというのか。とにかく、リンティアナを見る目とは温度も湿度も何もかもが違ったのだ。


 多分、マクシミリアンはトリシャのことを抜きにしてもリンティアナを結婚対象には考えていなかっただろう。だからこそ「内密に話がしたい」などと誤解されそうなことを平気で言えたのだ。


 もしかしたら従姉としてすら思われていないかもしれない。実母の出身国とはいえ圧倒的国力の差があるエリュシオンの、それも皇位継承権を持つ皇女。おまけに救世界の魔法帝だ。

 一番近い表現を探すとすれば『大口の取引先企業の重役』くらいではなかろうか。


「何にせよ、お疲れ様でした」


 こぽこぽと小気味よい音を響かせて、アルトランテが紅茶を淹れる。茶葉はリンティアナが一番気に入っている銘柄のものだ。

 差し出されたカップからふわりと漂う華やかな香りにつられて、リンティアナはのそのそと起き上がった。その姿を満足そうに見つめるアルトランテは、何だかやけに上機嫌だ。


「……何よ?」


 訝し気な視線を投げてもアルトランテは小さく肩を竦めるだけ。

 こういうときの彼は、どれだけしつこく聞いても本心を話すことは無い。そのことを経験則で嫌というほどわかっているリンティアナは、聞こえるように溜息をついて紅茶に手を伸ばした。


「まぁ、いいわ。婿候補は他にもいるもの。諦めるのはまだ早いわよね!」


 誰にともなく宣言して、淑女らしくない仕草で豪快に紅茶を呷る。

 二重の意味でやれやれと言いたいのだろう、アルトランテが常よりも盛大な溜息を吐いた。


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