21. 魔王の尋問
「私の従魔、魔王ジスティリオールです」
リンティアナがにっこりと微笑んで紹介すれば、宙に浮いたジスティリオールは面倒くさそうにフンと鼻を鳴らした。
どうやら見世物のようになっているのが面白くないらしい。その様子を見たアルトランテは二重に満足げだ。
ザルツ王宮魔法師たちは「ま、ま、魔王が入る石……そんなの実在するのか!?」「うわぁ~! かっこいい~!」と大興奮だ。
滅多にお目に掛かれない現象に歓喜して赤くなるやら、魔王に対する本能的な恐怖で青くなるやら忙しい。
「この子に真実の判定をしてもらいます。魔王に嘘は通用しませんから」
これは事実だ。
魔王はあらゆる生き物の心を見透かす固有スキル『魔王の眼』を持っている。心を見抜き、暴き、悪感情を生み出させるための力なのだが、魔王以上の対魔防御力を誇るリンティアナには効かず、そのことをジスティリオールは大層悔しがっている。
「……っ」
魔王の気迫に怖気づいたのか、それとも他の理由か。第一王子と男爵令嬢リラは顔色を悪くしてじりじりと後ずさった。それに気付かぬはずもないリンティアナが、退路を断つかのように話を進める。
「では、双方の主張をまとめましょう。第一王子殿下、そして、ええと……ごめんなさいね」
リンティアナは芝居がかった仕草で顎に指を当て、小首を傾げながら男爵令嬢を見つめた。
びくりと肩を揺らす男爵令嬢。その腰を抱く第一王子も固まっている。
その様子をリンティアナの傍らから冷ややかに眺めながら、アルトランテは内心で(まずは先制パンチですか)と悪い笑みを浮かべた。
「ご令嬢、あなたのお名前は?」
リンティアナの静かな問いに、会場が僅かにざわついた。
ほとんど社交の場に出ないリンティアナでも、隣国の主要な貴族の顔と名くらいは当然の教養として覚えている。
王家主催の式典という公の場で、それも衆目の前で貴族の名を聞くということは、その者に『お前のことなど事前に覚えるに値しない』と言っているのと同義だ。
第一王子が苛立ちを露わにして唇を噛む。
いくら第一王子の寵愛する娘とはいえ、身分は一介の男爵令嬢。圧倒的格上の大国の皇女がその名を知るはずもない。
実際には『お使い』のおかげで、名前どころか口に出すのも憚られるようなアレコレまで詳細に把握しているのだが。
「あっ、わ、わたしは、リラ・キーゼルです!」
男爵令嬢は慌てて腰を折り、名を告げた。なんとも拙いカーテシーだ。
猫背気味の姿勢も、言葉遣いも、礼の角度やぎこちなさも、皺になるほど強くドレスを握りしめている不格好な両手も。どれもこれも、大人の社交場に出ることを許された淑女のそれではない。
(はぁ……この程度かぁ~)
リンティアナは内心で溜息を吐いた。これでどうして、トリシャに勝てると思えるのか。
もしこの場が帝国の夜会であったなら、リラ本人もその親も、二度と社交場には出られないだろう。そのくらいの恥だ。
令嬢の礼一つでその家の評価が変わるなど貴族であれば自明のこと。家名を背負って公の場に立つと言うことは、本来そういうことなのだ。
「リラ嬢と第一王子殿下の訴えは、リラ嬢が殿下の婚約者であるトリシャ嬢から不当な嫌がらせを受けてきた、ということでしたね。そしてその責をもって婚姻後のトリシャ嬢の地位を正妃ではなく側妃とし、新たに正妃となるリラ嬢を支えるようにと……間違いありませんか?」
「はい!」
気を取り直したのか、リンティアナの問いに意気揚々と返事をする第一王子。こめかみを押さえたくなるのを我慢して、リンティアナはトリシャに向き直った。
「では、トリシャ嬢」
「はい、皇女殿下」
返事とともに、トリシャは美しく完璧な礼をして見せた。積み重ねた修練の賜物だ。これだけでリラとの格の違いが手に取るようにわかる。
「あなたがリラ嬢に嫌がらせをしたという彼らの訴えは事実でしょうか?」
「いいえ。私は嫌がらせなど一切しておりません。神と皇女殿下に誓います」
トリシャは背筋を伸ばし、きっぱりとそう言った。
堂々と真っすぐにリンティアナを見上げる彼女の姿に、周囲の貴族たちからも感嘆の息が漏れる。見た目から周囲を味方につける強さがトリシャにはあるようだ。
「ジス」
【うむ】
ふわりと宙を泳いだジスティリオールが、トリシャの瞳を覗き込む。
腕一本分にも満たない距離にいる魔王に、流石のトリシャもかなり緊張しているようだ。だが気丈にも顔を背けることなく、しっかりと視線を合わせている。
【……嘘はついておらんな】
ややあってから、ジスティリオールはそう呟いた。会場からは肯定的なざわめきが起こり、トリシャも安堵したように小さく息を吐く。
チッ、と大きな舌打ちを漏らしたのは第一王子だ。
「本人が手を下していなくても、取り巻きにやらせたんだろう! そいつは小賢しい女だからな!」
怒鳴るようにそう言って、尚もトリシャに指を突き付ける。どことなく顔色が悪いようだが、まだ自身の劣勢を信じたくないらしい。
【では、お前にも問おうか】
ジスティリオールがグルンと空中で向きを変え、第一王子の眼前に迫る。
「ヒッ……!」
第一王子は数歩後ずさったが、その分だけジスティリオールも距離を詰めた。鼻先三十センチのところで目を覗き込む。
【嫌がらせは本当にあったのか?】
「あ……あった! 事実だ!」
【ふむ、それは真実のようじゃな】
ジスティリオールの肯定に、第一王子はあからさまにホッとした顔をした。肩で息をしながら声高に言い募る。
「だからそう言っているだろう! リラに醜い嫉妬をしたトリシャが嫌がらせをしたんだ! そんなことをしても私の愛は得られないというのに……!」
「お言葉ですが、殿下」
第一王子の言葉を遮るように、トリシャが一歩前へ歩み出た。
「私と殿下の婚約は王命です。私は臣として従ったのみ。殿下をお慕いしたことなど一度たりともありません。よって私がリラ様に嫉妬などするはずもございません!」
ぴしゃりと一息で言ってのける。
よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。「ああ、スッキリした。ようやく言ってやれた!」と顔に書いてあるようだ。
「なっ、なっ、なんと不敬なことを、貴様……っ!」
「婚約者を蔑ろにし、あまつさえ不当に裁こうとなさるようなお方に持ち合わせる敬意などございません」
斬って捨てる、という表現がぴったりだ。
容赦なく第一王子の言葉を斬るトリシャは何とも清々しい表情をしている。彼女の父である宰相公爵も、こめかみを押さえる王の横でうんうんと全力で頷いている。
あまりの怒りに言葉が見つからないのか、それとも語彙が貧困なのか。恐らくはどちらもであろう第一王子は、眉を吊り上げ魚のように口をぱくぱくとさせるだけだ。その様子を見ていたジスティリオールが、思いついたように言った。
【ふむ、聞き方を変えるか】
褐色の手を伸ばし、ジスティリオールは第一王子の顔を遠慮の無い仕草で掴んだ。黒々とした爪が頬に食い込んでもお構いなしだ。
【嫌がらせは貴様らの自作自演か?】
「……っ!」
ひゅっと息を呑む第一王子。サァッと青くなる男爵令嬢。
この場における沈黙は肯定でしかないことを、果たしてこの二人は理解しているのだろうか。
「……ち、ちがうっ!」
第一王子がようやく吐き出した弱々しい一言に、ジスティリオールは嬉しそうににんまりと唇の端を持ち上げた。狂気を孕んだ魔族の笑みだ。
【嘘じゃな】
会場がざわりと大きくどよめいた。誰もが第一王子とリラに対して蔑みの眼を向ける。
『お使い』によれば、まるで現王の恋物語のような王子と男爵令嬢の恋を面白おかしく楽しんでいた者もそこそこいたはずだというのに。手のひら返しはお手の物、沈みゆく泥船には乗らない。それが貴族だ。
「……全く、さもしいものね」
小さな声で囁いて、リンティアナは溜息を吐いた。アルトランテも同調するように頷く。
壇下ではジスティリオールが楽しそうに尋問を続けている。
【さて、何だったか……ああ、そうじゃ。その娘の制服を汚した、だったか。それはお前たちの自演か?】
「ち、違う……」
【その娘の私物を破損したというのは?】
「ちが、う……」
【ククッ。階段から落としたとかいうのは、自演すらしていない嘘か?】
「……っ」
【なるほどなぁ。どれもこれも嘘だったか】
楽し気に笑って、ジスティリオールは第一王子の顔から手を離した。ようやく解放された頬には、くっきりと五爪の跡がついている。
この場をどう取り繕おうか、足りない頭をフル回転させているのだろう。第一王子は苦々し気な顔で俯いたまま何も言わない。
その姿を一瞥してから、トリシャの後ろに控えていた第二王子マクシミリアンが前に進み出た。
「王よ。お聞きの通り、トリシャ嬢が嫌がらせをしたという事実はありませんでした。彼女に非は一切ありません。むしろ……」
言葉を切り、マクシミリアンはキッと兄を見据えた。第一王子も睨み返すが、その視線は最早弱々しい。
「兄上。真実の愛を見つけたのは喜ばしいことでしょう。なればこそ正当な手続きを経るべきだった。このような身勝手な振る舞い、臣も民も決して認めてはくれませんよ」
射抜くようなマクシミリアンの視線に耐えられなかったのか、第一王子は悔し気に視線を逸らした。
「兄上、お答えください。何故このようなことを……」
「わ、私の、私のためなんです!」
マクシミリアンの言葉を遮り、リラが大きな声を上げた。
それは自らを恋物語のヒロインだと信じて疑わない、あまりにも思慮の足りない所作だった。




