20. 魔王召喚
「公爵令嬢ともあろうものが、嫉妬に駆られて私の愛する者を傷つけるとは……恥を知れ!」
この瞬間が嬉しくてたまらないとでも言うように、第一王子は粘着質な笑みを浮かべて言い放った。唯一の取り得であろう美貌も形無しだ。
(この手の男って、婚約者がありながら浮気してる自分は正当化するのよね。テンプレだわ~)
拡げた扇子の影で、リンティアナはうんうんと頷いた。
前世で星の数ほど読んだ断罪茶番劇が目の前で始まり、何だか謎の感慨深さを感じてしまう。
「貴様を正妃にすることなど断じてできない! だが私は寛大な王になろうと思っているのでな。生涯を私の側妃として過ごし、分をわきまえ職務に励むことで罪を償え!」
渾身の決め台詞だったのだろう、第一王子はそう言い放つと同時にトリシャに向かって指を突き付けた。満足そうに鼻を鳴らす姿が如何にも小物だ。
(要は、王妃の仕事だけトリシャ嬢に押し付けて、自分たちはふんぞり返って暮らしたいってことだよね。こいつ頭大丈夫?)
リンティアナは早くも悟った。
断罪劇は物語として読むから良いのだ。現実で起きてしまえば、ただただお粗末で腹立たしい。
「リン様、浮かない顔ですね」
「うん……ちょっとどうにもテンプレ過ぎないかなって思って」
「そういう問題ではないと思いますが」
「異世界令嬢ものって人気ジャンルだから、大体もうネタが出尽くしてるのよね。どうせならもっとオリジナリティ溢れる悪役が欲しいのよ」
「だからそういう問題じゃないですって」
リンティアナとアルトランテがひそひそとどうでも良い話をしている間に、公衆の面前で糾弾される形となったトリシャが、キッと挑むように第一王子を見据えた。
「私は嫌がらせなどした覚えはございません」
強い意志を感じる声で、はっきりとそう告げる。
堂々とした振る舞いは周囲の狐や狸も味方につけたようだ。ざわざわと会場のあちこちから漣のように声が上がる。
「第一王子殿下は何を言い出すんだ」
「このような祝いの場で」
「不義理を働いているのは殿下の方ではないのか」
思っていた展開ではなかったのか、第一王子は舌打ちをして尚もトリシャに向け言い放つ。
「だ、黙れ! 貴様がリラを貶めたところを見たと、証言する者が大勢いるのだ!」
前へ、と声を掛ければ、十名ほどの男女がぞろぞろと進み出た。皆第一王子たちと同じ年頃のようだ。貴族学院の同窓生だろう。男爵令嬢のリラに関してもそうだが、本来式典には参加を許されていない下位貴族の子女が多いようだ。
(……なんか、全員目がうつろじゃない?)
鑑定するまでもない。どう見ても魅了魔法に掛かっている。
第一王子が唯一授かったスキルが魅了系だったことを思いだし、リンティアナは小さく溜息を吐いた。
(こんなバレバレの魅了しか使えないんじゃ、そっちの修練も積んでないわね)
掛けられた本人にすら決して気付かれぬように心を操作するのが、魅了魔法の真価だ。リンティアナは最上位の魅了スキルを持つ四番目の兄からそう教わった。
「僕は……トリシャ嬢がリラ嬢の制服を汚しているところを見ました……」
「私はノートを刻んでいるところを……」
「俺は階段から突き落としたところを見ていました……」
一様に焦点の合わない目でボソボソと呟く姿は、なかなかにホラーだ。
「わ、わたしぃっ、本当に怖かったですぅ!」
男爵令嬢もあからさまな泣き真似に余念がない。それを芝居がかった仕草で「あぁ、リラ!」と抱きしめる第一王子もかなりの大根。
会場中の誰もが第一王子と男爵令嬢を「うわぁ……」という顔で見つめているのだが、本人たちは至って満足そうだ。
「ふっ、はははは! これだけの証言があるのだ、言い逃れは出来んぞ! おお、そうだ。どうせなら皇女殿下にも証人になってもらおう!」
第一王子が大仰な動きでリンティアナを振り返る。アルトランテの眉が不快そうにピクリと揺れた。
会場の温度が一気に下がったかのように、言葉もなくザァッと血の気を失う諸侯ら。王たちの顔色も悪い。
それもそのはず。この場で皇女の名を出したということは、最早単なるザルツイェーレン国内の内輪もめでは済まなくなるからだ。
「重大な国際問題にもなり得ると言うことを、この馬鹿はわかっていないのでしょうね」
暗い冬の森を連想させるような、低く冷たい声でアルトランテが呟く。その唸るような声の威圧感たるや。自分に向けられたものではないとわかっていても、リンティアナの背中がヒュンとした。
(ブチ切れね……怖いけど格好良いとか思っちゃう自分が嫌だわ~!)
見目の良い悪い男に惹かれてしまう己の性癖を胸中で嘆きつつ、リンティアナは小さく咳払いをした。
テンプレ過ぎる茶番劇に付き合うのは甚だ面倒だが、名指しされた以上は仕方がない。
「アル。『待て』よ」
今にも第一王子に向かって攻撃魔法を放ちそうなアルトランテにそう囁いてから、リンティアナはとびきり分厚い淑女の仮面を被って微笑んだ。
「よろしくてよ。何の利害関係もない私が、中立の立場で証人となりましょう」
にっこりと笑みを深めれば、トリシャとマクシミリアンが深々と礼をした。
一方の第一王子と男爵令嬢は、何を勘違いしたのか二人でニヤリと笑いあっている。頭の出来は至極お似合いのようだ。
「では、真偽を判定する者を用意しましょう」
リンティアナは良く通る声でそう言った。
「えっ、は、判定?」
第一王子が間の抜けた声を上げる。
「ええ。どうやらあなた方の言い分は真っ向から対立している様子。証言とやらについても、一方の言い分だけでは埒があきませんでしょう?」
そう言いながら、リンティアナは右手をかざして自身の杖を出現させた。
突如として現れた魔法帝の杖に、誰もが目を奪われる。魔法の嗜みがある者ほど顕著だ。警備のために会場にいたザルツ王宮魔法師たちなどは、身を乗り出して見つめている。
この世界では原則的に、杖についた魔宝石の数が多いほど高位の魔法師だと見做される。
魔宝石は所有者の力を高め、所有者にも相応の魔力が求められるからだ。そのためエリュシオンの皇宮魔法師などは、大小数十個の魔宝石をあしらった煌びやかな杖を使う者が多い。だが、これには例外もある。魔宝石の質が異様に高い場合だ。
リンティアナの杖についた魔宝石はたったの二つ。
一つはアルトランテから贈られたブラックオパール。そしてもう一つは、国の宝物庫から選び出した国宝『ラウレンティアの涙』だ。
エリュシオンの建国期を支えた初代皇帝の盟友、聖竜ラウレンティア。一万年を超える時を生きたとされるその巨大な光竜が、最期に残した一粒の貴石。
完璧な無色透明で、数ある魔法石の中で唯一属性を持たず、全ての魔法効果を劇的に増幅させる力を持つ。魔法師を名乗る者なら誰もが、死ぬまでに一度で良いから目にしたいと願う至高の魔宝石だ。
ラウレンティアの涙を『使う』ことが出来る。それがどういうことか、少しでも魔法を齧ったことのある者ならばわからないはずもない。
魔法の心得がある貴族や騎士は畏敬の念を込めて跪き、ザルツ王宮魔法師たちは涙ながらに拝み始めた。なんとも異様な光景ではあるが、リンティアナの隣に立つアルトランテはどこか満足げな顔だ。
「ジス」
リンティアナの呼びかけと同時に、ラウレンティアの涙を中心に魔力の渦が巻き起こった。
ぶわりと広がる衝撃波。
魔法を扱えない者にも感じられたようで、会場全体がざわつき、そこかしこでご婦人方の悲鳴が上がった。ザルツ王宮魔法師たちが慌てて前に出て、防御魔法を展開する。
「こ、これは、召喚魔法か?」
「このような強大な魔力、感じたことがありません!」
「か、かっこいい~……!!」
恐怖と興奮が入り混じった声を上げながら、魔法師たちが王族や賓客の前に次々と防御壁を展開していく。
エリュシオンには遠く及ばぬとはいえ、流石は精鋭の王宮魔法師。そこそこの使い手が揃っているようだ。
「あの魔法石、何か入ってるな」
「ああ。こんなものが拝めるとは……ここで死んでも悔いはないぞ」
魔法師たちの視線の先にあるのは、尋常ではない魔力を漂わせるラウレンティアの涙。
質の高い魔宝石には従魔を住まわせることも出来るが、従魔の魔力量に応じた石が必要なため、強い従魔であればあるほど実現しない。だが、世界最強最古の魔法大国が誇る国宝、全ての魔宝石の頂点に立つといっても過言ではないラウレンティアの涙であれば。
「つい先日テイムしましたの」
リンティアナの言葉に、誰もが息を呑む。
「皆様にご紹介しますわね。私の従魔、魔王ジスティリオールです」
空間をグニャリと歪める魔力の大渦から現れたのは、色の抜け落ちたような白い髪を持つ褐色肌の少年。いや、少年の姿をした何か。
禍々しくも美しい大きな二本の角に、この世の闇を塗り固めたような黒い爪。赤く冷たく光る横倒しの瞳孔は、紛れもない魔族の証だった。




