19. 負け戦の気配
(うーん……『廃嫡も辞さない』というよりは、もう廃嫡する気なんでしょうね)
リンティアナは胸中で小さく溜息を吐いた。
第一王子はきっとまた何かやらかす。口には出さずとも、皆がそう思っているはずだ。
だからこの『処遇』は、既に決定事項なのだろう。誰もが第一王子の継承権剥奪もやむなしと認めざるを得ない、決定的なやらかしを待っているのだ。
「……随分と面倒なことね」
リンティアナの口から、つい本音が出てしまう。マクシミリアンとトリシャが小さく苦笑いを零した。
これだけの問題行動をしてきたのだから、次のやらかしなぞ待たずにとっとと第一王子を切り捨ててしまえば良い。白黒はっきり付けたい派のリンティアナはそう思う。だが、宮廷政治とは複雑なものだ。
長子相続の伝統が根強いザルツ貴族の中には、第一王子であるリヒトシュテルンの立太子を推す者も多い。そのなかには国政に深く携わる高位貴族の者が複数いる。『御しやすい王の方が都合が良い』と考える手合いも少なくない。
そうした者たちと表立って対立することなく、穏便に第一王子の継承権を失くすためには、そうせざるを得ない確固とした理由が必要なのだ。
政略とは本当に面倒なものだと、リンティアナはつくづく思った。傍らに立つアルトランテからも心底面倒くさいと思っていそうな気配が漂っている。
マクシミリアンたちにとって更に問題なのが、ザルツ国内の低位貴族や民衆の中に、第一王子と男爵令嬢のロマンスに憧れている者が多いことだ。
かつて、子爵家出身の現ザルツ王妃の戴冠を推し進めるために出版され、ザルツ国内で大流行したザルツ王と王妃の恋物語になぞらえて、第一王子もまた『身分に捕らわれず愛を貫く実直な人柄』だと持て囃されているのだ。
実際には、ザルツ王と王妃の恋物語は事実をいくつも捻じ曲げて描かれたものだ。
王家による民意操作の手段にほかならず、エリュシオンでは大いに嫌われ、禁輸措置がとられた曰く付きの物語だ。
身一つで嫁いだ何の非もない自国の皇女スマラクトを蔑ろにされ、まるで悪女か脇役のように描かれた本をどうして好きになれるだろうか。
リンティアナは読んだことが無いが、当時エリュシオンの一部の地域では焚書まで行われたというから、どれだけ酷い内容なのかは想像に難くない。
ともかく、そうした恋物語のような婚姻を良しとしている貴族や民が、ザルツには少なからずいるのだ。最近ではそのなかの過激な一派がトリシャに対して的外れな誹謗中傷を重ねているのだという。
「大丈夫です。どこのどなたが何を仰られたか、逐一記録させておりますので」
にっこりと淑女の笑みを浮かべるトリシャ。どうやら見た目通りのたおやかな女性ではないらしい。なかなか肝が据わっていそうだ。
(いいわね。こういう子、好きだわ)
辛い立場にあっても凛と立ち、高位貴族としての尊厳と振る舞いを保つトリシャを、リンティアナは純粋に好ましく感じた。
(いや、それにしてもさ……)
脳内で呟きながら、リンティアナはさりげなく向かいに座る二人を観察した。
兄を諫められなかった自身を責めるマクシミリアンと、それを庇うトリシャ。お互いの境遇を理解し、それぞれに思いやっているのがひしひしと伝わってくる。
(やっぱ何か距離近くない? いや、物理的にじゃなくて心の距離が……あっ、そういうこと? 『想い人は兄の婚約者』的なあれ!? だから婚約者いなかったのか~!)
勿論顔には出さないが、リンティアナの心の小人は興奮で顔を真っ赤にしながらブリッジをしている。それを察知したのか、アルトランテが小さく咳払いをした。が、脳内の小人の叫びは止まらない。
(そりゃそうだよね!! こんな『血筋〇、性格〇、顔◎』の超優良物件が意味もなく空いてるわけないよね!!)
残念だが、納得だ。
これだけ条件が良いのに売れ残っているということは、何かしらの理由があるということだ。実は顔だけのクズ男だったという理由ではなくて良かったが、始まる前に終わった不完全燃焼感は否めない。
(あれ、もうこの国にいる意味なくない?)
そう思ったところで、アルトランテが再び小さく咳払いをした。もうこの男、思考が読めるのではないだろうか。
「それで」
気を取り直して、リンティアナは二人に向き直った。
「私に何をして欲しいのかしら」
微笑みながら、真っすぐに見つめる。大国の皇女然とした顔だ。さっきまで脳内で叫びながらブリッジしていたとは思えない。
マクシミリアンとトリシャはハッとした顔をして、揃って即座に頭を下げた。
「滅相もございません!」
頭を下げたまま、トリシャは今日一番の声量でそう言った。
「皇女殿下に何かを望むなど、畏れ多いことでございます。私たちはただ、明日の式典でお耳汚しをしてしまうこと、謝罪をさせて頂きたく……!」
心の底から申し訳なさそうに告げて、そっと顔を上げる。深い誠実さを宿した青い瞳がリンティアナへと向けられた。
「自国の恥は、自分たちで始末をつけます」
強い意志を感じるその一言に、リンティアナは労うように微笑みを返した。
ここで彼女に『皇女の力でどうにかして欲しい』なんて言われたら興醒めだった。
国を統治する側の者として、誠意を持って恥を晒し、謝意を表す。人として正しくあろうとするその姿勢は、不器用ながらも好ましい。
リンティアナは一つ息を吐き、小さく肩を竦めて言った。
「必要そうなら多少の手助けはするわ」
「あ、ありがとうございます……!」
そうと決まれば大切なのは事前準備だ。深々と礼をする二人に頷きで応え、リンティアナは明日の計画について詳しく聞いた。
(何だかちょっと面白くなってきたわね。この国での婚活はもう終わっちゃったけど!!)
むしろ終わったことで気が楽になってしまったリンティアナは、せめて明日起こるであろう騒動を楽しもうと心に決めた。
背後でアルトランテが「やれやれ」と言いたげな溜息を零した。




