17. 勃発、ザルツイェーレンの変
建国記念の式典は恙なく進んだ。
基本的にリンティアナは笑顔で上座に座っているだけなのだが、きちんとした淑女の姿勢を長時間保つのは一苦労だ。
椅子に浅く腰かけ、背すじをきちんと伸ばし、美しく胸を張る。背凭れに背を預けるなど論外。
この姿勢が長時間続くと、まず背筋が痛くなり、次に腰回りが攣りそうになる。やがては全身の筋肉が「もう勘弁してくれ!」と悲鳴を上げるのだ。
身体強化や回復魔法を使いたいところだが、あいにく『淑女のマナーに魔法を使うな』と母皇妃から厳命されている。
(うう……そろそろ背中とお尻が痛い。一回思いっきりストレッチさせて~!)
たとえ姿勢を崩したとしても、この場にリンティアナを咎められる者はいない。だが傍らに立つアルトランテが、少しでもリンティアナの姿勢が崩れそうになると「はい、直って」と言わんばかりに咳払いをするのだ。
(くっ、あとで覚えてなさいよ……!)
脳内で文句を垂れつつも、着飾ったアルトランテの姿を見れば自然とリンティアナの背すじは伸びた。これだけ良い男の主たるもの、だらしない姿を見せるわけにはいかない。
(はぁ、ビジュ百点満点。我ながらチョロいけど)
彼に相応しい姿であらねばという思いが、リンティアナの背をシャンと伸ばす。
主従という明確な関係性があるからこそ、アルトランテは側にいてくれるのだ。彼を幻滅させないように、彼の望む姿でありたい。彼に相応しくありたい。それは物心ついた時からずっと思い続けていることだ。
こうなったらもう背中の筋肉が爆発するまでやってやるわよ、とリンティアナは謎の闘志を燃やした。
ザルツ王が祝辞を述べ、式典は終盤へと差し掛かった。この後のリンティアナの祝辞が終われば式典は無事終了。その後は第一王子の立太子の儀、そして陽が落ちてから下位貴族も含めた大舞踏会が開催される予定だ。
リンティアナがアルトランテの手を取り、祝辞を述べるべく玉座から立ち上がると、ザルツ諸侯たちは誇らしげに背を正した。
「五百年という貴国の輝かしい歴史に敬意を表します。今日の佳き日を共に祝うことが出来て光栄です」
凛と響き渡るような、完璧な淑女の声でリンティアナが祝辞を述べる。
「あなた方の歩みが、この国の歩みとなる。これからも一歩ずつ堅実に、そして誠実に、民を率いて参りましょう。我がエリュシオンも共に歩みます」
リンティアナは右手で国章を象ったマントの留め具に触れた。一拍遅れて湧き上がる喝采。ここ最近の両国の情勢を鑑みれば、異例とも言える好意的な祝辞だ。
(国のトップが仲悪くても、民のためには仲良くしておいたほうが良いからね。万が一にも戦争なんてごめんだし!)
万雷の拍手を贈る貴族たちに手を振りつつ、リンティアナは心の中でそう思った。
いつの世も、どの世界であっても、戦争の犠牲になるのは力なき民たちだ。為政者には民を守る責務があり、その責務を果たすための最たるものが、こうした外交だ。
「帝国の至宝、第八皇女殿下のお言葉に心より感謝いたします」
ザルツ王が礼を述べ、傍らに立つ王妃、そしてその隣の第二妃スマラクトとともに深々とお辞儀をした。リンティアナも微笑みながら頷きを返す。
大きな問題もなく式典が終わって大団円。さぁ次の儀礼に、という和やかな空気をぶち壊すかのように、突如として居丈高な声が響いた。
「私からも、この場を借りて申し上げたいことがあります!」
ザルツの第一王子だ。
この後に立太子の儀を控えているはずの彼が、王や王妃の座る上座前に颯爽と進み出た。
隣には栗色の髪をツインテールに結った少女が立っている。
幼く見える背格好だが、大きな水色の瞳はギラついた野心を滲ませている。フリルとリボンをこれでもかとあしらった淡い水色のドレスに、色とりどりの大振りの宝石が着いた派手な装飾品。趣味は悪いが金はかかっていそうだな、とリンティアナは思った。
「トリシャ・エル・ウィルマ・ザフィーア! 前へ出ろ!」
警備兵が止める間もなく、第一王子は声を張り上げた。その腕は水色ドレスの腰にしっかりと巻かれている。
公の場で敬称もなく、婚約者であるはずの公爵令嬢を乱暴に呼び出す。それも別の女性を伴って。これだけでも相当な醜聞なのだが、王や王妃はまだ動かない。二人とも険しい表情で事の成り行きを見守っている。
どよめく貴族たちを割るように、名を呼ばれた当人、ウィルマ公爵家の令嬢トリシャが前に進み出た。
涼やかな薄青の髪、深く澄んだ理知的な青い瞳。凛と背を伸ばして立つ彼女の後ろには、実兄に厳しい目を向ける第二王子マクシミリアンがいる。
ほんの一瞬、マクシミリアンが王や王妃とアイコンタクトを取ったように見えた。王が僅かに頷く気配。そして王から少し離れたところで鬼の形相をしているのは……薄青の髪色から察するに、この国の宰相でありトリシャ嬢の父、ザフィーア公爵だろう。今にも第一王子の胸ぐらを掴みたいのを寸でのところで抑えているようだ。
「……始まったみたいね」
リンティアナはこっそりとアルトランテに耳打ちをした。
「そのようで」
心底面倒そうに溜息を吐きながら、アルトランテも囁き返した。




