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16. 式典開始

 

 ザルツイェーレン王国の建国五百年を祝う式典当日。

 リンティアナはザルツ王城の大謁見室にいた。正しくは、その奥に用意された貴賓用の控室に。


 白を基調とした大謁見室は明るく壮麗で、何とも華やかな印象だ。

 壁面と天井はほぼ全面に繊細な彫り装飾が施され、皇宮暮らしで目が肥えたリンティアナから見ても、圧巻の美しさだ。

 伝統的なザルツの文様が多いようで、寸分の狂いもなく彫られた幾何学模様は見事の一言に尽きる。これが全て魔法ではなく人の手で彫られたというのだから驚きだ。


 壁の高い位置には明かり取りがいくつもあり、高価なクリスタル製の窓が嵌め込まれている。

 そこから眩しい春の陽が降り注ぐ様は実に美しい。まるで空もザルツの晴れの日を祝福しているかのようだ。


(はぁ~、前世のテレビで見た海外の大聖堂みたいだわ……)


 控えの間からこっそりと会場を覗き見て、リンティアナは感嘆の溜息を洩らした。


 式典の開始予定時刻までは、まだ少し時間がある。会場内は人影まばらだ。式典に招待された伯爵以上の上位貴族たちのなかでも、下位の者から順に会場入りしているようだった。


(このあたりのマナーは、どこの国も一緒なのね)


 貴族は体面を重視する生き物だ。上位の者が下位の者を『待つ』ことは、基本的にあってはならないとされている。


 高位貴族のみが参列する今回の式典の場合、最も序列が低い伯爵家から入場が始まり、次いで辺境伯家、侯爵家、最後に公爵家と続く。彼らが全て会場入りし、一通りの挨拶を済ませ場を整えてから、ようやく王家の面々が入場するのだ。


 ちなみに最重要の国賓であるリンティアナの会場入りは、ザルツ王や王妃よりも遅い一番最後だ。出番まではまだまだ時間がありそうだなと、リンティアナは小さく溜息を吐いた。


 ふと視線を上げると、会場の左右の壁面に幾重にも掲げられた国旗が目に入った。鮮やかな赤色の地に、交差する二本の剣を取り囲むハマナスの花が白で描かれている。風光明媚な海岸線を有し、武具製作などの鉄鋼事業を主な産業とするザルツの国章だ。


(ハマナスってザルツの国花なんだっけ。この世界の国章って、どこもモチーフが『ザ・異世界』って感じでイイのよね)


 エリュシオンの国章は、月桂樹の巨木に八本脚の光の星がモチーフで、深く美しい青の地に金色がよく映えるものだ。今日のリンティアナの衣装にも刻まれている。ちょうど心臓の上あたり、マントの留め具の部分が国章を模している。


 更にティアラにも、史上初の魔法帝でもあった初代エリュシオン皇帝を意味する八本脚の光の星があしらわれている。

 中央には大型の光竜からのみ採取できる最上級のダイヤモンド製の星、その周りには気性の荒い海獣から採れる大粒真珠が散りばめられている。


 リンティアナのデビュタントに合わせ、このティアラを作るために何年もかけて光竜や海獣の討伐が組まれたのは有名な話だ。


(なんだか、頭が重い気がするわ……)


 つい先ほど、身支度を手伝ってくれたアルトランテには「よく似合ってますよ」と言われたが、前世小市民の身としては、こんな天文学的な値段のものを頭に載せるのは何とも落ち着かない。


(今日の装備、全部でいくらするんだろ?)


 リンティアナは自らをまじまじと見下ろした。

 星屑のような宝石が裾を飾る深い青のドレス。白地に黒の斑が散ったツヤツヤの毛皮のマントに、純金製の国章の留め具。ティアラと揃いの大粒ダイヤの首飾りと耳飾り。

 よく見たら靴の甲にも何らかの宝石が付いている。ちょっとやり過ぎではないだろうか。


 全体的に色味もデザインも落ち着いてはいるが、価値のわかる者が見れば歩く札束のように思われてもおかしくはない。


「ねぇ、アル……。今更だけど、この格好なんか成金ぽくない? 大丈夫かなぁ?」


 エリュシオンの夜会や公式行事でも、ここまでの重装備は滅多にしない。


「万が一にも舐められないように、存分に見せつけて来いと皇帝陛下からのお達しです」


「あ~、ね……」


 父皇帝のせいか。ならば仕方がない。


「大丈夫、本当によくお似合いですよ。黙っていれば完璧な皇女です。黙っていれば」


「二回も言わなくて良くない?」


 じとりと視線で咎めてみるが、アルトランテはしれっと受け流す。

 今日はアルトランテも正装だ。公の場でリンティアナの後ろに立つ以上、従者にも相応の品格が求められるからだ。


 普段よりも装飾の多い黒の三つ揃えに身を包み、濃灰の髪をきちんと後ろに撫でつけ、金縁の眼鏡にも装飾用のチェーンを足している。

 品の良い小さなホワイトオパールがあしらわれた金色のチェーンは、その名をミドルネームに持つ主を表しているのだそうだ。


(ぐぅっ、悔しいけどめちゃくちゃビジュ良い……!)


 アルトランテの横顔で、ちらちらと七色に輝く小さな石。

 アルトランテ曰く「リン様の瞳によく似たものを探しました」とのことなのだが、彼がこれをつけるたびに、リンティアナは気恥ずかしさで見悶えてしまう。


(だって、こんなキラキラで綺麗なものに見えてるってことだよね……私の目)


 そう思うと何だか直視できない。

 嬉しいような恥ずかしいような、でもやっぱり嬉しいような。どうにも心がソワソワと浮き立ってしまう。


(いつものストイックな感じも良いけど、やっぱ正装は特別感あるよね。大好きすぎる)


 装いを変えただけでイケメン度がいつもより増している気がする。タイピンには国章を模した金の飾りもついているので、何だかちょっと『お揃い感』まである。


「……」


 リンティアナは無言のまま、遠慮の欠片もない仕草でアルトランテを観察した。勿論アルトランテもその視線に気付いているが、見られて困ることも無いので放置している。


 すらりと高い背丈、ぴんと伸びた背すじ、意外としっかりある広背筋。

 寸分の隙も無く整えられた髪、りりしく形の良い眉。それらと相反するように、どこか気だるげで体温の低そうな青緑色の瞳。


 何もかも、リンティアナの好みにこれでもかと当てはまっている。

 思わずリンティアナの心の小人が頬を染め、はぁはぁと息を乱しながら「もしやこの男、私のために存在しているのでは……?」などと世迷言を呟いてしまう。


(……ハッ、いやいや何してんの。ここには婚活しに来たんでしょ! しっかりして!)


 普段はあまり見られないアルトランテの正装に不覚にもときめいてしまい、リンティアナは心中で自らに渇を入れた。

 いくら好みドンピシャど真ん中だからといって、はるばる隣国まで来て自分の従者に見惚れている場合ではない。


 ふと気付けば、会場はいつの間にか人で溢れていた。穏やかな笑顔の裏にありとあらゆるものを隠し持った狐と狸の群れだ。


 リンティアナは小さくこくりと喉を鳴らした。


「う……流石にちょっと緊張してきたかも」


「ははは、まさか。そんなタマじゃないでしょ」


「ねぇ、本当失礼」


「機嫌が悪い時のあなたのお母上と対峙するほうが、余程緊張するでしょうに」


「それは………………そうね」


 やや間を置いて、リンティアナは大きく頷いた。不機嫌な母リーリアなど思い出すだけで身震いする。


「機嫌の悪い皇妃陛下を最強最悪の巨竜とすると、今この場にいる貴族たちは……そうですね、ジャガイモくらいだと思います」


「ジャガイモ」


「はい」


 魔物ですらないと。

 確かに、怒り狂った光竜の何倍も恐ろしいと囁かれる『不機嫌なときの皇妃』に比べれば、この会場にいるザルツ貴族などジャガイモ、カボチャ、ニンジン。無害な野菜の集団も同然だ。


「……ふふっ」


 そう思って見ると、なんだか会場が色とりどりの野菜市のように思えてきた。

 思わず笑みを零し、リンティアナはグッと背筋を伸ばした。傍らに立つアルトランテも、それでいいと言いたげに微笑んでいる。


 会場には公爵家以下ザルツ国内の全ての上級貴族たちが揃っている。合わせて二百以上はいるだろう彼らがシンと静まり返る中、厳かな口上とともに第二妃スマラクトが王子たちとともに入場し、次いでザルツ国王夫妻が会場へと入った。


(なるほど、あの二人が……)


 明るい灰色の髪に金の瞳の王、そして豪奢な金髪に灰色の瞳の王妃。互いに分け合ったかのような色合いだ。

 渋めのイケオジ然とした王と、大輪の花のように美しい王妃は、成婚時のいざこざを抜きにすれば至極お似合いのように思える。


 彼らが所定の位置に着いてから、帝国からの特別な賓客としてリンティアナの名が呼ばれた。


「ふぅっ。よし、行くわよ」


 一つ息を吐いて淑女の仮面を被る。そっと差し出されたアルトランテの手を取って、リンティアナはゆっくりと踏み出した。


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