14. 渡りに船
ザルツへ向かう馬車の用意が整うまでの数日間、リンティアナは辺境伯領での暮らしをこれでもかと満喫した。
久方ぶりにマチルダと手合わせをしたり、大修練場という名の広大な森林を散策したり、日に何度も温泉に浸かったりした。
夜はマチルダの部屋で女子会をして、一緒に風呂にも入った。何故こうも違うのかと脂肪のつき方の差をまじまじと観察し、胸が育つというマッサージも教わった。
なかなか相手が見つからないお互いの結婚の話もたくさんした。貴族としての義務は理解しているが、それでも恋愛結婚への憧れを捨てきれない者同士、とにかく馬が合った。
『顔だけの男は論外、でも出来れば顔も良い方がいい』という意見も完全一致し、二人は固く握手を交わして頷き合った。辺境伯家の侍女たちも慣れたもので、生暖かい目で二人を見守っていた。
出立する日。
マチルダは目を真っ赤にして別れを惜しんだ。親友とはいえ、そうそう会えるわけではない。騎士でもあるマチルダからすれば、これが今生の別れかもしれないのだ。辺境伯領の娘であるからこそ、再会は当たり前ではないということを嫌というほど知っている。
「結婚式には呼ぶから、そのつもりでいてね」
リンティアナは勝気な声でそう言った。どうせなら未来を明るくする約束をして別れたい。
その意思を正確に汲み取ったのだろう、マチルダも少し意地の悪そうな笑顔を見せて言った。
「あら、私の方が早いかもしれないわよ?」
目を見合わせ、同時に笑う。
前世では周囲の反対を振り切ってクズ男と付き合い続けたせいで、女の友情には縁がなかった。本当に良いものだな、とリンティアナは思った。
もしかしたら前世でも、こんな関係になれる子がいたのかもしれない。そう思うと少し胸が痛い。だからこそ、今度は後悔しない人生を生きるのだと決意を新たにして、リンティアナは力強い足取りで馬車に乗り込んだ。
そうして丸二日ほどの旅程を経て、一行はようやくザルツ王都へと到着した。空間魔法を駆使した馬車は広々として快適で、悪路でも揺れることはなく、自室とほぼ変わらぬ居心地だった。
「いらっしゃい、リンティアナ。よく来たね」
「スマラクト叔母様!」
国賓用の特別な門からザルツ王城に入り、馬車を降りたところでリンティアナの叔母でもある第二王妃スマラクトが出迎えてくれた。
「すっかり大きくなって」
「叔母さまは相変わらずお綺麗です」
「ふふ、ありがとう」
にこりと微笑む様子は淑女らしく優雅なのに、瞳の奥に宿る尋常ではない圧は実兄の皇帝アレクサンドリートにとてもよく似ている。
歪みの無い黒髪を後ろで一つに束ね、瞳と同じ落ち着いた緑色のドレスに身を包んだ姿は実にサッパリとしている。装飾品も控えめな意匠だが、相当に値が張るものだとわかる逸品ばかり。
リンティアナは思わず心の中で(趣味良いな~!)と感嘆の声を上げた。
スマラクトは今年で四十二歳。年をとってはいるが、昔と変わらず凛として、無意識のうちに背を正したくなるような美しさは健在だ。
「兄上や義姉上はお元気か?」
「はい、とっても。父には、ここに来るのを大反対されました」
「ははは! だろうな」
大きく口を開け、スマラクトは豪快に笑った。王族としてはマナー違反だが、久方ぶりに会う身内としての接し方を選択したのだろう。もしこの場にザルツ王や王妃が同席していたなら、きっと違った。
本来ならば王と王妃も出迎えに出るべき場面だが、リンティアナがそれを断った。式典の場以外で会う気はないと事前に通達したのだ。それは父皇帝からの厳命でもあった。
ザルツ側はその意に従い、第二王妃スマラクトと、その息子の第二王子マクシミリアンがリンティアナたちを出迎えることとした。
「紹介しよう、これが私の息子だ。会うのは初めてだったな」
そう言って、スマラクトは自身の後ろに立っていた人物へと視線を流した。
スマラクトの実子、リンティアナにとって従弟となる第二王子マクシミリアン。正直に言えば馬車を降りた瞬間からずっと気になっていた。このとびきり優秀そうで爽やかなイケメンは、もしやと。
(おお~、これはなかなか……いや、かなり良いんじゃない?)
表面上はしっかりと大国の皇女の顔を維持しながら、失礼なことを脳内で思う。
「マクシミリアン、挨拶を」
「はい」
促されるままに一歩進み出て、青年が美しく礼をした。
艶のある灰色の髪が午後の日差しを受けて、きらきらと銀糸のように輝く。スマラクトとよく似た緑色の瞳も美しい。
清潔感のある柔らかなベージュの礼装に、深緑色のマントが良く映える。高潔そうで誠実そうな、皆の理想の王子様を絵に描いたような容姿だ。
(良い、とても良い)
心の小人が高速で頷く。
「お初にお目に掛かります。ザルツイェーレン王国第二王子、マクシミリアン・エル・アディ・ザルツイェーレンと申します。エリュシオン帝国の至宝、救世界の乙女であらせられる第八皇女殿下にお会いでき、誠に光栄です」
(声まで良い~! CV誰!?)
心のなかでは小躍り状態だ。だがそんなことはおくびにも出さず、完璧な淑女の笑みを湛えて返事をする。
「ご丁寧なご挨拶をありがとうございます。リンティアナ・エル・オパール・エリュシオンですわ。従弟なのですもの、どうぞリンティアナとお呼びくださいませ」
(いや本当良い、かなりの優良物件でしょ。これもう決まりじゃない?)
原作小説は、あくまでエリュシオン国内が舞台だった。スマラクトやマクシミリアンは一度も作中に出てきていない。皇帝の姉や妹は隣国に嫁いでいる、くらいのオマケ程度の記述しかなかったはずだ。
そのため内心では「原作ではモブ扱いだったし、流石に推しの作画じゃないかもな……」と残念に思っていた。
ところが、どうだ。そんな心配は小躍りする小人の拳に弾き飛ばされて消えた。完璧に推しの作画だ。
(もうちょっと影を感じる要素があれば完璧なんだけど……いや、そんな贅沢言っちゃダメよね!)
結婚相手の候補だと思うと、一層推しの作画が輝いて見える。国外婚活の初手は最高のスタートだ。
(何とか自然に近付けるチャンスはないかしら。がっつき過ぎて引かれたら困るし、うまくやらなきゃ……)
にこにこと愛らしい笑顔を浮かべながら、必死に下心丸出しの計算をするリンティアナ。そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、スマラクトが息子を指しながら言った。
「マクシミリアンがお前と少し話したいそうなんだ。聞いてやってくれるかい?」
「渡りに船!」
「え?」
「いえ、何でもありませんわ。喜んでお受けします」
思わぬアシストに一瞬だけ盛大にボロを出してしまったが、すかさず淑女の仮面を被り直し、リンティアナはしとやかに微笑んだ。
背後でアルトランテが今にも吹き出しそうな気配を漂わせている。あとできちんと仕置きしようと心に決め、リンティアナはその場でマクシミリアンを茶席に招待すると約束した。




