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鏡の聖女と夢の王子  作者: 宵待 桜


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第五章 魔法の街


翌朝、ジブリールが少し早めの時間にやってきた。


「凪沙さん、今日は王都を案内しますね!殿下から頼まれました!」


廊下に出た凪沙を見るなり、ジブリールは満面の笑みで言った。


その後ろでノクスが少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「今日は公務が入ってしまってジブリールに頼んだんだ。嫌なら」


「全然嫌じゃないよ。ジブリールさんと行くのも楽しみ」


凪沙が答えるとジブリールが「やった!」と小さくガッツポーズをした。


ノクスはそれを見て、また小さく息をついた。


「……何かあったら、カインに言ってくれ。護衛として一緒に行かせる」


「護衛まで?」


「凪沙は王宮の客人だ。当然だろ」


ぶっきらぼうな言い方だったけれど、気にしているのは分かった。


凪沙は、その温度を受け取るように頷いた。


「ありがとう。行ってきます」


ノクスは何か言いかけて、やめた。


結局「気をつけて」とだけ言って、廊下の奥へ歩いていった。


その背中を見送りながらジブリールが凪沙の耳元でそっと囁いた。


「殿下、心配してますね」


「そうかな」


「絶対そうです。あんなに口数少ないの、緊張してる時だけなので」


凪沙はノクスの背中をもう一度見た。


すでに角を曲がって見えなくなっていた。


廊下の端にカインはいた。


腕を組んで壁に背を預けていた。


昨夜聖堂で見た外套を纏った騎士の一人だ


凪沙を見ると無言で頷いた。


歓迎はしていないけれど敵意もない、という感じの目だった。


王宮を出るとカインは二人の少し後ろを一定の距離を保って歩いた。


話しかけてくる様子はなかった。


ただ、周囲に視線を配りながら静かについてきた。


口数が少ない人なのだろうと凪沙は思った。




✦ ✦ ✦




王宮の門を出た瞬間から、凪沙の目はあちこちへ動いた。


昨夜は暗くてよく分からなかった王都の街が、昼の光の中に広がっていた。


白い石造りの建物が並ぶ大通り。


軒先には色とりどりの花が飾られていて、その間を人々が行き交っている。


服の色も形も、日本で見るものとは全然違う。


でも不思議と慌ただしすぎない。


穏やかで、どこか温かい空気が街全体に漂っていた。


「凪沙さん、あれ見てください。魔法灯です」


ジブリールが指差した先に街灯があった。


昨夜揺れていた光の玉が今は昼間なので消えているけれど、よく見ると柱の上に小さな結晶のようなものが埋め込まれている。


「夜になると自動で光るんですよ。魔法使いが月に一度魔力を補充しに来て。結構地味な仕事らしいですけど大事なんです」


「魔力って、誰でも持ってるの?」


「生まれつき持ってる人と、後から開いてもらう人といます。私は後者で十二歳の時に儀式を受けました」


「儀式?」


「聖堂でやるんですよ。ティアの前で神官さんに魔力回路を開いてもらうんです。ちょっと痛いけど、すぐ終わります」


ジブリールはさらりと言ったけれど、凪沙は少し引っかかるものを感じた。


「ちょっと痛いけど、すぐ終わります」という言葉の軽さと儀式という響きの重さが、なんだか噛み合っていない気がした。


でも今は聞かずにおくことにした。


大通りを歩きながら、ジブリールはあちこちを説明してくれた。


魔法で冷やされた食材を売る市場。


壁に魔法で模様を描く職人の工房。


怪我をした人に治療魔法をかける小さな診療所。


どれも日常の一部として当たり前にそこにあって、人々は特別なことだとも思っていない様子だった。


魔法が普通にある世界って、こういうことなんだ。


凪沙は街を見渡しながら思った。


非日常じゃなくて、これがここでの日常なんだと。




✦ ✦ ✦




市場の端にある小さなカフェで二人は一休みした。


丸いテーブルと木の椅子。


窓から大通りが見えて、行き交う人たちを眺めながら話せる、居心地のいい場所だった。


運ばれてきた飲み物は薄い紫色をしていて、口をつけると甘くて少しだけ花の香りがした。


「美味しい」


「ルミナの花のお茶です。王都の名物なんですよ。女神ルミナの名前がついてるくらい縁起がいいとされていて」


「女神ルミナ……?」


「この国の女神様の名前です!はるか昔に人々に光を与えて、天へ帰る時に流した涙が《ティア》になったって伝えられていて、みんなに尊敬され、大切にされてるんですよ」


「そうなんだ。女神ルミナ…」


凪沙はカップを見つめた。


薄い紫色の液体の中に、窓からの光がゆらゆら揺れている。


女神の涙が結晶になったという話が、なぜか遠い昔に聞いたことがあるような気がした。


でもそれがいつのことなのか、どこで聞いたのか思い出せなかった。


ジブリールはにこにこしながら、カップを両手で包んだ。


「殿下、凪沙さんのことずっと夢で見てたんですよね。私、小さい頃から聞かされてて」


「ノクスが話してたの?」


「話してたというか……子どもの頃の夢の話をうっかり私にしちゃったみたいで。それからずっとその子の事が気になってたんです。本当にいるのか、どんな子なのか」


ジブリールは少し首を傾けて凪沙をじっと見た。


「凪沙さんは、殿下のことが好きですか?」


凪沙はカップを持ったまま固まった。


「え、急すぎる」


「だって気になるじゃないですか!幼い頃からずっと夢で会ってた相手が目の前にいるんですよ?普通ドキドキしません?」


「それは……まあ」


言葉を濁すとジブリールはますます目を輝かせた。


凪沙は慌てて付け加えた。


「夢の中でずっと会ってたから、懐かしいっていうか、知ってる人に会った感じで。好きとか嫌いとかより先に、ほっとしたんだと思う」


「ほっとしたんですか……」


ジブリールは嬉しそうに繰り返した。


「素敵ですね、それ」


凪沙は窓の外に目を向けた。


大通りを歩く人たちが、それぞれの日常を生きている。


ほっとした、か。


自分で言っておきながら、その言葉が胸の中で少し違う色になっていく気がした。


ほっとした、というのは本当だ。


でもそれだけじゃないかもしれない、という予感もどこかにあった。


ただ今はまだ、それが何なのか分からなかった。




✦ ✦ ✦




王宮へ帰る頃には、空がオレンジ色に染まり始めていた。


王宮の中へ入ると廊下の角からノクスが現れた。


公務が終わったのか朝より少し疲れた顔をしていたけれど、凪沙の顔を見た瞬間にほっとしたような表情になった。


本人は気づいていないようだったけど。


「おかえり。凪沙、ジブリール、カイン」


ノクスはカインを見たあとジブリールに話しかけた。


「ジブリール、問題はなかったか」


「もちろんです!凪沙さん、すごく楽しんでくれてました!」


「楽しめたならいいが……そういう意味で聞いたんじゃない」


ジブリールの発言にノクスが苦笑いを浮かべているとカインは凪沙に向き直った。


「疲れましたか」


「いいえ、楽しかったです」


「そうですか」


それだけ言ってカインは黙った。


ノクスはため息をつき、ジブリールは素知らぬ顔で口笛を吹きそうな雰囲気だった。


「凪沙、街はどうだった」


「想像してたより全然違った。魔法が本当に普通にあって、みんなが当たり前に使ってて。なんか……温かい街だなって」


ノクスは少し間を置いてから言った。


「守りたい街だから」


短い言葉だった。


でもその一言にティアのこと、国民のこと、ずっと抱えてきたものが全部詰まっているような気がして凪沙は何も言えなかった。


廊下に夕暮れの光が差し込んでいた。


オレンジ色がノクスの銀髪を照らして、少しだけ金色に見えた。


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