第四章 王と王妃
謁見がある、とノクスから告げられたのは、ルクセリアに来て三日目の朝だった。
「父上と母上が、お前に会いたいと言っている」
朝食を終えた後の静かな時間だった。
ノクスはいつもより少し硬い顔をしていた。
「どんな感じの方なの?国王陛下は」
「怖くはない。ただ……父上は色々と見る人だから」
「色々と?」
「嘘が通じないということだ。気にしなくていい。凪沙は正直に話せばいい」
そう言うノクス自身が少し緊張しているように見えて、凪沙はなんとなくおかしくなった。
でも笑うと失礼な気がして、黙っておいた。
✦ ✦ ✦
謁見の間は広かった。
天井が高くて、両側に白い柱が並んでいる。赤い絨毯が入り口から奥の玉座まで一直線に敷かれていて、その両脇には騎士たちが整列していた。
昨日まで歩いていた王宮の廊下とは空気が全然違う。
凪沙は背筋が自然と伸びるのを感じた。
玉座に座っていたのは、銀髪の男性だった。
ノクスより年を重ねて、でも面影はよく似ている。
深い蒼の瞳が凪沙をまっすぐに見ていた。
その隣に柔らかな栗色の髪をした女性が立っていた。穏やかな目をしていて凪沙が近づくにつれて、その目がほんの少し細くなった。
嬉しそうな細まり方だった。
ノクスに倣って、凪沙は深くお辞儀をした。
国王が口を開くと低くて落ち着いた声が響き渡る
「顔を上げなさい」
凪沙は顔を上げた。
国王であるレグルス王は、しばらく凪沙を見ていた。
品定めとは違う。
何かを確かめているような静かな目だった。
「牧浦凪沙と言ったか」
「はい」
「遠いところからよく来た」
それだけ言ってレグルス王は凪沙の手元に視線を落とした。
視線の先は鏡だと凪沙は気づいた。
今日も手に持って来ていた。
離す気になれなかったから。
「その鏡を、見せてもらえるか」
凪沙は少し迷ってから前へ進み出た。
レグルス王が玉座から立って近づいてきた。
受け取るのかと思ったら、そうではなかった。
ただ、凪沙の手の中にある鏡を、じっと見つめた。
それは長い沈黙だった。
やがてレグルス王は小さく息を吐いて凪沙を見た。
「鏡はお前を選んだ。それは分かった」
「……はい」
「この王国に何が起きているかノクスから聞いたか」
「ティアのことは、少し」
レグルス王は頷いた。
それ以上は聞かなかった。
ただ「ゆっくり慣れなさい」とだけ言って玉座へ戻った。
何を考えているのか、凪沙には読み取れなかった。
でも、拒絶はされていないと思った。
✦ ✦ ✦
謁見が終わった後、王妃セシリアが凪沙に近づいてきた。
謁見の間の厳かな空気がまだ残っている中で、セシリアだけは最初からそういう空気を纏っていなかった。
凪沙の前まで来ると両手を取った。
温かい手だった。
「凪沙さんでいいかしら」
「は、はい」
「遠慮しなくていいのよ。ここに来るまで怖かったでしょう」
凪沙は少し目を丸くした。
怖かった、という言葉が思いのほか正確で。
「少し……緊張しました」
「そうよね。知らない場所に来て、知らない人に会って。それでも来てくれてありがとう」
セシリアは凪沙の手を両手で包んだまま穏やかに微笑んだ。
「困ったことがあれば私に言いなさい。何でも」
「……ありがとうございます」
凪沙の声が少し掠れた。
異世界に来てから、誰かにこういう言葉をかけてもらったのは初めてだった。
ノクスは気にかけてくれている。
でもノクスの言葉は、どこか一生懸命で不器用で、こんなふうに柔らかくはなかった。
セシリアは凪沙の顔を見て、それからそっと手を離した。
「ノクスのことも、よろしくお願いね」
小声で、それだけ言った。
凪沙が思わずノクスを見ると、ノクスは少し離れたところから二人のやり取りを見ていた。
目が合った瞬間、すぐに視線を逸らした。
セシリアが、静かに目を細めて笑った。
✦ ✦ ✦
王宮へ戻る廊下を、ノクスと並んで歩いた。
「父上は……怖くなかったか」
「怖くはなかったけど緊張したかな。全部見えてるみたいな目をしてたから」
「そういう人だ。昔から」
ノクスは少し苦笑いした。
珍しい表情だった。
「母上は?」
「優しかった。すごく」
「……そうか」
ノクスは前を向いたまま、少し口元が緩んだ。
ほっとしているのが分かった。
両親に会わせることをずっと気にしていたのだろうと思った。
「セシリア様に、ノクスのことをよろしくって言われた」
「……母上が?」
「うん」
ノクスは黙ったけど、しばらくしてぼそりと言った。
「余計なことを」
「余計なことなの?」
凪沙が言うと、ノクスはまた黙った。
廊下の窓から差し込む光が、二人の足元に長い影を作っていた。




