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鏡の聖女と夢の王子  作者: 宵待 桜


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第四十七章 鏡の縁の言葉


王宮に戻っても、凪沙は眠れなかった。


皆がそれぞれの部屋へ引き上げた後、凪沙は一人、鏡を手に取って窓辺に座った。


ティアの儀式が終わった静けさが王宮全体に満ちていて、外では満月が王都を白く照らしていた。


凪沙は鏡の縁を、もう一度見た。


聖堂では、金色に輝いていた文様が今は少し落ち着いていた。


でも、これまでと違って全ての文字がはっきりと見えており、細くて小さい字だったけれど確かに読める。


これまでは光の角度によってようやく見えていたものが、今夜はただそこにあった。


凪沙は鏡を月明かりに近づけて一字一字を、ゆっくりと読み始めた。




✦ ✦ ✦




最初の一行は、ルナリアの言葉だと分かった。


《持つ者よ、これを読む時が来たなら世界はまた揺らいでいる。あなたはそのために選ばれた。ただし、これは命令ではない。あなたには選ぶ自由がある》


セントリアで読んだ言葉と同じだったが、その先が続いていた。


そしてもう一人の言葉が別の筆跡でルナリアの言葉の後に刻まれていて、文字の形が少し違うことに気づいた。


ルナリアの古い言語ではなく、もっと近い時代の、でもやはり古い字体で、凪沙には読めない文字のはずなのに、なぜか読めた。


鏡が意味を伝えてくれているような感覚があって、こう書いてあった。


《鏡を継ぐ者へ。あなたが読んでいるなら、きっと私と同じ場所に立っているはずです。残りたいと思っているはずです。私も、そうでした。》


《でも、私は帰ることを選びました。愛する人がいたから、帰れなかったのではなく、愛する人がいたから、帰ることを選んだのです。》


《彼は、王になるべき人でした。この国を、民を、守るために生まれた人でした。私がそばにいることで、彼の歩む道が狭くなるなら、私がそばにいないことが、私にできる最大の愛だと思いました。》


《そして、もう一つのことも分かりました。鏡は一人の聖女で終わるものではありません。私が帰って生きることで、いつかまたこの世界が揺らいだ時、次の聖女が現れる。私が歩んだ道が、その子への道になる。それが、私にできるもう一つのことでした。》


《あなたが同じ場所に立っているなら、きっと同じことが分かるはずです。帰ることは、終わりではありません。愛しているから、帰るのです。――千鶴》


凪沙は、鏡を胸に押しつけた。


静かに流れ続ける涙が止まらず、声は出なかった。


おばあちゃんが、ここにいた。


この鏡の中にずっといて、何十年も凪沙が来る日を待ってこの言葉を残していてくれた。


「おばあちゃんは、ずっと知ってたんだね。私もいつか同じ場所に立つって。私がルクセリアに行くって」




✦ ✦ ✦




凪沙は、しばらく泣いていた。


泣きながら頭の中で少しずつ整理されていくものがあって、考えるのはノクスのことだった。


ノクスは、王になるべき人だ。


それは、凪沙が誰より知っていて、フィオラで「儀式が終わったら、この問題に正面から向き合う」と言った言葉を今でも覚えている。


後天的魔法使いの問題を、隠さずに向き合うと言って、この国の人々を、ジブリールを守れる人だと思っていた。


そのノクスの隣に、異世界出身の素性の知れない少女が立ち続ければどうなるか。


聖女として国を救った後でも王妃として認められるかどうかは、また別の話だ。


政治は、感情では動かない。


凪沙がいることで、ノクスが王として歩む道が、いつか狭くなるかもしれない。


そして、鏡のこともそうだ。


自分が残れば、この血筋はここで終わる。


でも帰れば、また次の誰かが、いつかこの世界を必要とされる時に現れるかもしれない。


祖母がそうしたように。


愛しているから、帰るのです。


祖母の言葉が、もう一度、胸の中で響いた。




✦ ✦ ✦




窓の外で満月が少しずつ西へ傾いて、夜が深くなっていた。


凪沙は、涙を拭いて鏡をもう一度見た。


縁の文様が穏やかに輝いており、金色ではなく銀色の静かな輝きに戻っていた。


まるで、伝えるべきことを全て伝え終えた、という顔をしているようだった。


まだ、決断はしていなかった。


でも、もう逃げないとは思っていた。


祖母がしたように、ちゃんと向き合わなければならない。


自分の気持ちと、この世界への愛と、ノクスへの愛と、全部を抱えた上で自分の言葉で答えを出す。


鏡を枕元に置いてベッドに入り、目を閉じると聖堂の扉の光がまぶたの裏に残っていた。


扉は、待っていてくれている。


その事実が、今夜だけは怖くなかった。


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