第四十章 友人の言葉
第四十章 友人の言葉
「後で話すね」と言ったのに、その日の夕方になってしまった。
ジブリールは王宮の中庭のベンチに座って待っていた。
凪沙が来ると直ぐに隣をぽんぽんと叩いて、ここに座ってという意味だと分かった。
「遅かったですね」
「ごめん。話し合いが長くて」
「いいんです。ちゃんと待ってたので」
ジブリールは、そう言ってにこりとした。
いつもの明るい笑顔だったけれど、今日はその中に少し違うものが混じっていた。
ただ聞きたいだけじゃなくて、ちゃんと話を聞こうとしているという雰囲気が。
凪沙は昨夜ノクスと話したこと、予言のこと、自分が選べるかもしれないということ。
全部ではないけれどジブリールに伝えられる範囲で話した。
ジブリールは途中で何かを言いたそうにしていたけれど、凪沙が話し終えるまで、ちゃんと待っていてくれた。
話が終わると、しばらく噴水の音だけが続いた。
「……凪沙さんは、どうしたいですか」
ジブリールは、いつもの勢いではなく本当に凪沙の答えを聞きたいという声で。
凪沙は中庭の噴水を見ながら、ゆっくりと言葉を探した。
「帰りたい気持ちはあるの。お母さんのことも心配。でも……ここを離れることを想像すると、もっと苦しい」
「それが答えじゃないですか。どっちが苦しいかじゃなくて。どっちにいる時に、自分らしくいられるかっていう話だと思うので」
自分らしくいられる場所。
ルクセリアに来てから、凪沙は変わった。
それは、この世界がそうさせてくれたということだと思う。
ノクスが、ジブリールが、カインが、ノアが、そしてこの世界の光や風や石畳が凪沙を変えてくれた。
「ジブリール」
「はい」
「私、ここにいたい」
声に出して言ってみると、それがどれほど本当のことか改めて分かった。
ここにいたい。
選べるなら、残りたい。
それが今の凪沙の正直な気持ちだった。
するとジブリールは、ぱっと顔を輝かせた。
「よかった!そう言ってくれると思ってました!」
「思ってたの?」
「だって凪沙さん、ルクセリアのこと本当に好きそうなので。目を見れば分かります」
ジブリールらしい答えに凪沙は思わず笑った。
「でも、お母さまのことは……どうするんですか」
ジブリールが、少し真剣な顔で聞いた。
「それは、まだ分からない。時間の流れが違うから、向こうではそんなに経っていないかもしれない。でも……いつか、ちゃんと伝えたい。直接じゃなくても何か方法が見つかるかもしれないって、ノアさんが言ってたから」
「そうですか。それなら、私も一緒に考えます。ここにいてくれるなら私、凪沙さんのことずっと友達でいたいので」
その言葉が凪沙の胸に、じんわりと染み込んできた。
ルクセリア来て、最初にできた友達。
あの廊下で、まっすぐな目で「よろしくお願いします」と言ってきたジブリールが、今も変わらずそこにいた。
「ありがとう、ジブリール」
「お礼なんていいです。それより」
ジブリールが、にやりとした。
「殿下に告白されたこと、詳しく教えてください」
✦ ✦ ✦
夜、部屋に戻ってから凪沙は鏡を手に取った。
月明かりの中で、銀色の蓋が静かに輝いていた。
縁の文様が、これまでで一番はっきりと見えた。
まるで、全てが揃う時が近づいていることを鏡自身が感じているかのように。
おばあちゃん、と心の中で呼んだ。
ここにいたい、という気持ちは本物だと思う。
でも、それだけで決めていいのか…まだ分からない。
お母さんのこともそうだけど、おばあちゃんが帰ることを選んだことなど、色々なことが頭の中をぐるぐるしてる。
鏡は、何も答えなかった。
ただ静かに、手のひらの中で輝いていた。
急かさないでいてくれるように思えて、今の凪沙にはちょうど良かった。
窓の外では、夜風が吹いていた。
王都の灯りが、夜の中で静かに揺れている。
でも、いつか、ちゃんと自分の言葉で答えを出したいと思っていた。
誰かのためでも、予言のためでもなく、自分のために。




