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鏡の聖女と夢の王子  作者: 宵待 桜


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第三十七章 向き合う時


王都への帰り道は、長かった。


捕らえた神殿の者を連れての帰還は、これまでの旅とは全く違う重さを持っていた。


誰も余計なことを話さず、馬の蹄が街道を叩く音だけが続いた。


凪沙は、胸に結晶を抱えながら、ずっと考えていた。


ヴィクターが結晶を奪おうとした。


それはティアを補強させたくないということなのか。


それとも、もっと別の理由があるのか。


「答えはいつか分かる」という言葉が今更になって重く響いていた。




✦ ✦ ✦




王都に着くと、レグルス王がすぐに謁見の間に集まるよう指示を出した。


捕らえた神殿の者はカインが連れていき、凪沙たちは謁見の間へ向かった。


レグルス王は事の次第を聞いて、しばらく沈黙していた。


「ヴィクターが、直接指示を出したということか」


「はい。捕らえた者の口からそう聞きました」


ノクスが答えるとレグルス王の表情は更に険しくなった。


窓の外に夕暮れの王都が広がっている。


その灯りが、一つずつ増えていくのを誰も見ていなかった。


「……ヴィクターを呼び、今夜この場で直接聞く」


レグルス言葉に、凪沙は静かに深呼吸をした。


ついにその時が来た、という感覚があった。




✦ ✦ ✦




ヴィクターが現れたのは、夜が深まった頃だった。


いつもと変わらない白い長衣。


いつもと変わらない穏やかな笑み。


その笑みが、今夜はいっそう読めなかった。


謁見の間にはレグルス王、セシリア、ノクス、カイン、ノア、そして凪沙がいた。


ヴィクターは、その全員を見渡してから深く一礼した。


「陛下、私をお呼びとのことで参りました」


「ヴィクター」


レグルス王の声が謁見の間に広がる


静かに、でも確かな重さを持って言った。


「山でノクスたちを襲った者たちが、お前の指示だったと自白した」


謁見の間に、張り詰めた沈黙が流れた。


ヴィクターは、笑みを崩さなかった。


国王に対して沈黙するなど本来あってはならないことなのにも関わらず。


でも、何も言わなかった。


「答えてくれ」


ヴィクターの沈黙に耐えきれなかったノクスが一歩前に出た。


「なぜ結晶を奪おうとした。ティアの力を補強することが、この国にとって必要なことのはずだ。なぜ、それを妨げようとする」


ヴィクターの穏やかな笑みが少しだけ変わった。


笑みはそのままだったけれど、その奥に何か別のものが見えた。


それは疲れのようなのか、また別の何かか。


「……扉が開く時、鏡の聖女はこの世界に留まれなくなるかもしれない。それを知っていたからです」


その言葉が落ちた瞬間、謁見の間の空気が音を失った。


「女神の帰還と引き換えに聖女は元の世界へ戻される。それが、ルナリアの予言の続きです」


「……ティアを補強させたくなかったのか。扉が開かないように」


「いいえ、王子。ティアの力を戻すこと自体は、この国に必要なことです。私が妨げたかったのは三粒の涙が全て揃うことでした」


「……どういうことだ」


ヴィクターは、初めて笑みを消した。


その顔は穏やかな老人でも不気味な最高神官でもなく、ただ長い時間を生きてきた人間の顔だった。


「三つの涙が鏡と共に聖堂に集まる時、扉が開かれる。それがルナリアの予言です。私が隠していたのは、その予言の成就を凪沙様が知らないうちに迎えさせたくなかったからです」


「でも……予言には、聖女が自らの意志でこの世界を選ぶなら鏡はその願いを聞く、とも書かれているはずでは」


ノクスの発言にヴィクターは頷いた。


「そうです。私も、その続きは知っています。だから、あなた方は『意志があれば残れる』と思うかもしれない」


「……違うのか」


「以前の聖女様も意志はあったはずです。それでも帰られた。意志があれば必ず残れるとは限りません。扉が開いた瞬間に鏡の力が凪沙様の意志より先に動いてしまう可能性もある。私には、それが怖かった。だから扉そのものが開かないようにしたかった。結晶を奪えば三粒が揃わない。揃わなければ扉は開かない。凪沙様が選択を迫られることもない」


一つ一つ説明をしているヴィクターの声は、わずかに揺れていた。


過去を思い出し、懐かしみ、後悔を抱えているような声だった。


「私は……かつて、同じ場面を見ています。鏡の聖女が、この世界から消えていく場面を」


凪沙は、その言葉に思わず息が止まりそうになった。


「千鶴様のことを覚えています。若く、真剣で、この世界を愛してくださった方だった。彼女が帰還する日、私はここにいました。そしてアルタイル様が何も言えずにただ見送る姿も。あの日から何十年も経ちました。しかしあの場面は忘れられない。だから……同じことを、もう一度見たくなかった」


ヴィクターの目が凪沙をただの凪沙として見ていた。


それは、聖女でも鏡の持ち主でもなく一人の少女として。


「凪沙様が千鶴様の血縁者だと一目でわかりました。だから、あなたを守りたかった。方法が間違っていたことは分かっています」


凪沙は、その言葉をゆっくりと受け止めた。


ヴィクターが結晶を奪おうとしたのは、凪沙を守るためだった。


歪んだ方法だったけれど敵意ではなかった。


祖母の帰還を見送った後悔が何十年もかけて、この行動になっていたのだった。


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