第二十一章 帰路
翌朝、約束通りノクスと二人で街を歩いた。
朝のセントリアも、また違う顔をしていた。
礼拝堂から朝の祈りの声が響いていて、市場には新鮮な野菜や花が並んでいた。
二人は特に目的もなく、ゆっくりと歩いた。
ノクスが時々「これは王都にはない」と何かを指差して、凪沙が「見て見て」と何かを見つけて、それを繰り返した。
馬車に乗る頃にはすっかり昼に近い時間になっていて、ジブリールが見送りに来てくれた。
「またセントリアに来てくださいね、凪沙さん!今度はゆっくり!」
「うん、また来る」
馬車が出発すると、ジブリールが見えなくなるまで手を振っていた。
凪沙も振り返して、見えなくなってからも少し窓の外を見ていた。
✦ ✦ ✦
帰りの馬車の中で、ノアが手帳を開いた。
「ヴェルナについて、少し調べてみました」
「あの短い時間でか」
ノクスが少し驚いたように言った。
反対にノアは涼しい顔をしていた。
「神官学校の図書室に古い地図がありました。今は地名として残っていませんが王国の西の海岸沿いに、かつて『ヴェルナ』と呼ばれていた地域があったようです。今は海に沈んでいると伝えられています」
「沈んだ理由は?」
「分かりません。地震か、もしくは……これは推測ですが、ティアの力が及ばなくなった結果かもしれません」
馬車が小さく揺れ、窓の外を緑の景色が流れていった。
「水の中に沈んだ涙晶を、どうやって見つけるんだ」
ノクスの疑問にノアは少し困ったような顔をした。
「正直、まだ分かりません。ただ……ルナリアの文書に『鏡だけが道を示す』とあったので」
三人の視線が、自然と凪沙の手元にある鏡に向いた。
その鏡が、膝の上で静かに光っていた。
「私が、何かするってこと?」
「まだ仮説です。実際に海岸まで行って、鏡がどう反応するか確かめる必要があります」
凪沙は鏡を見ると銀色の蓋に馬車の窓から差し込む光が反射していた。
「行ってみたい」
自然とそう言った。
怖さはなかった。
むしろ、確かめたい気持ちの方が強かった。
ノクスが何か言いたそうな顔をしたけれど、結局は小さく頷いた。
「準備が必要だ。次の旅は、もう少し計画を立てよう」
✦ ✦ ✦
王都に着いたのは、夕暮れだった。
王宮の門をくぐると、いつもの白い建物が見えてきた。
帰ってきた、という感覚が、凪沙の中に自然に湧いた。
ここは元々、自分の世界ではないのにそれが少し不思議だった。
馬車を降りると、王宮の使用人が小走りに少し慌てた様子で近づいてきた。
「殿下、お戻りで……あの、レグルス陛下が、すぐにお話があると」
「何かあったのか」
「……ヴィクター様が、陛下に謁見を求められまして。セントリアの神官学校から、王家が文書を持ち出したと」
空気が、一瞬で変わった。
文書は持ち出しておらず中で読んだだけだ。
なのに、ヴィクターはそれを知っている事が不思議で仕方ない。
「……分かった。すぐに行く」
ノクスは表情を引き締めて、王宮の中へ歩き出した。
凪沙とノアとカインも、その後を追った。
夕暮れの王宮の廊下を歩きながら、凪沙は手の中の鏡をそっと握った。
ヴィクターは、何を知っているんだろう。
そして、何を企んでいるのだろう。
廊下の窓から、橙色の光が差し込んでいた。
普段なら綺麗だと思う光が、今日は少しだけ冷たく見えた。




