少しだけ前へ
翌週の昼休み。
佐伯が部室に飛び込んできた。
「木村さん、クラスでグループに混ざってお弁当食べてたよ!」
俺たちは顔を見合わせた。
高橋がニヤッとする。
「お、承認欲求満たし作戦、効いたか?」
西村がペンを回しながら言う。
「たぶん“相手の欲求を先に読む”ってやり方が、木村さんの安心欲求を支えたんだと思う」
山本は微笑んだ。
「……前より話しかけやすくなったって、本人も言ってました」
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その日の放課後。
木村が部室に顔を出した。
「まだ全員とうまく話せるわけじゃないけど、前より楽になりました。
失敗しても、“あ、これは欲求読み間違えたな”って思えるようになって」
俺はうなずく。
「完璧じゃなくても、動き続ければベクトルは変わる」
高橋が笑いながら肩をすくめた。
「まぁ、俺は読み間違えたまま突っ走るタイプだけどな」
「知ってる」
全員のツッコミが揃い、木村はくすっと笑った。
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そこへ国枝先生が現れ、何やら紙袋を置く。
「今日は特別だ。安いインスタントじゃなく、ちょっといいクッキーだ」
湯気の立つカップと甘い匂いが部室を満たす。
コーヒーではなく、紅茶とクッキー。
いつもの分析と違い、今日だけはただの世間話で時間が過ぎていった。
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——欲求もベクトルも、人によって違う。
でも、それを知って動こうとする人がいる限り、世界は少しずつ前へ進む。
俺はクッキーを一口かじり、静かに笑った。




