依存症
依存症
放課後の部室。
佐伯がプリントを机に置き、眉をひそめた。
「この前の相談、加害側が“やめたいけどやめられない”って言ってたんだよね。何それ?」
俺はペンを回しながら答える。
「依存症だ。タバコやギャンブルと同じ構造を持ってる」
西村がチョークを持ち、黒板に三つの円を描く。
「依存のサイクル。
1. 刺激や快感で脳が報酬を受け取る
2. 同じ量じゃ足りなくなる
3. やらないと不安や恐怖を感じる」
佐伯が首を傾げる。
「でも、いじめって快感なの?」
「“優位に立てる”っていう地位欲求の充足は、強力な報酬だ」
俺はゆっくりと言葉を重ねた。
「一線を越えると、やらないことが不安になる。
不安や恐怖から自分を守るために、また同じ行為を繰り返す。
これが防衛欲求として働く」
高橋が腕を組む。
「つまり、タバコを吸う人が“落ち着くために吸う”って言うのと同じか」
「そうだ。そしてギャンブル依存ではもう一つ、厄介な錯覚がある」
俺は新しい円を描き足す。
「“今やらなければ勝てるチャンスを逃す”っていう誤解だ。
実際には確率的に関係ないのに、脳は“損を回避しなきゃ”と錯覚する。
それが不安を増幅させ、やらない時間すら苦痛になる」
佐伯がため息をつく。
「じゃあ、いじめも同じ? “今やらなきゃ立場が下がる”って錯覚するってこと?」
「そう。やめられないんじゃなく、やめると“負け”や“損”に感じる構造だ」
俺は黒板の下に線を引いた。
「だから本気でやめさせるなら、その“勝ち負け”の価値観を壊す必要がある」
窓の外、夕暮れの校庭に小さな笑い声が響く。
それが“安全な優位”であることを願いながら、俺はノートに一行書き足した。
──依存は、やめられないのではなく、“やめると損する”という錯覚に縛られている。




