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高校生、うっかりマズローを論破してしまう  作者: シンリーベクトル


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人見知りのベクトル



放課後の部室。

佐伯が小柄な女子を連れてきた。

「この子、人見知りがひどくて悩んでるんだって」


女子——木村は、視線を床に落としたまま小声で言った。

「初対面の人と、何を話せばいいかわからないんです……」



高橋が腕を組む。

「要するに“安全欲求”と“失敗回避欲求”が強すぎて、動けなくなってるパターンだな」


西村が頷き、黒板にベクトル図を描く。

「人見知りのときって、相手に向けるはずのベクトルが自分の中に内向きに働く。

 だから言葉が外に出ない」


俺は木村に問いかけた。

「じゃあ逆に、相手がどういう欲求でベクトルを放ってきてるかを先に考えてみたらどうだ?」


木村は首をかしげる。

「……どういうことですか?」


「たとえば相手が“承認欲求”で話しかけてきてるなら、うなずくだけでも満たせる。

 “情報欲求”なら質問を返せばいい。

 相手の欲求がわかれば、自分の反応は最小限でも成立する」



山本が遠慮がちに口を開く。

「……僕も人見知りだけど、相手の欲求を意識すると、

 “何を話せばいいか”より“何を聞けばいいか”の方に頭が切り替わるんです」


高橋がニヤリとする。

「まぁ、相手の欲求を読むのが当たればな。外れたら変な空気になるけど」


西村がチョークを置き、木村に微笑む。

「失敗もデータになる。理系的に言えば、会話は試行回数を増やす実験よ」


練習として、部員全員で木村に質問攻めをした。

最初は固かった彼女も、相手の意図を読むゲーム感覚で少しずつ言葉が出てくる。


帰り際、木村は小さく笑って言った。

「……なんか、できそうな気がします」



その瞬間、高橋が余計な一言を放った。

「でもその笑顔、初対面には出せないんだろ?」


木村の笑顔が即座に消え、部室がしーんと静まった。

俺はため息をつきながら黒板に大きく書いた。


『観察不足はベクトルの自爆を生む』

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