読み違えたベクトル
昼休みの部室。
ドアが開き、宮本が息を切らして入ってきた。
「この前のアドバイス、試してみました!」
俺は笑って促す。
「どうだった?」
宮本は机の端に腰を下ろし、少し眉をひそめた。
「相手の欲求……全然違ってました」
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西村が興味深そうにペンを回す。
「どういうこと?」
「私、相手は“話しかけられたい”と思ってるって思ってたんです。
でも観察してたら、休み時間は一人で絵を描くのが好きみたいで……
話しかけられると、逆に集中が途切れて困ってたみたいで」
高橋がくすっと笑う。
「つまり安全欲求と自己実現欲求のセットか。
“邪魔されたくない”と“自分の世界を守りたい”ってやつだな」
俺は頷く。
「承認欲求だと思ってベクトルを送ったら、安全欲求にぶつかってたわけか」
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山本が控えめに言う。
「……だから相手の行動を先に見るのって大事なんですね」
「そう。欲求は口で言うことと行動が違うことも多い」
西村が黒板に“言動ギャップ”と書く。
「行動パターンを見ないで先入観で動くと、逆方向にベクトルを押すことになる」
宮本は少し照れたように笑った。
「でも、声をかける回数を減らしたら、この前向こうから“この絵どう思う?”って聞かれて……ちょっと嬉しかったです」
⸻
そこへ国枝先生が顔を出す。
「お、恋愛進展か?」
高橋が即座に返す。
「先生、それ承認欲求じゃなくて野次馬欲求ですよ」
先生は苦笑して去っていった。
——欲求を読むって、思ってるよりずっと“現場観察”が必要らしい。




