アドラーさんありがとね
昼休みの部室。
佐伯がドアを勢いよく開け、後ろに一年の女子生徒を引っ張って入ってきた。
「この子、森下さん。ちょっと相談があるって!」
声はやたら明るいが、森下は椅子に座るなり深いため息をついた。
「……最近、友達とよくぶつかるんです。
ほんの小さなことでムッとして、気づいたら声を荒げちゃう」
高橋が顎に手を当て、口角を上げる。
「なるほど、感情の沸点が低いタイプか。やかんで言えば常時グラグラだな」
佐伯が小声で「料理向きではある」
山本(佐伯さん、よけいな一言だろ)
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西村が黒板に温度計の絵を描く。
「感情って、熱エネルギーに近い。外から刺激が加わると温度が上がって、
沸点を超えると一気に蒸発=爆発する」
俺は椅子にもたれ、ゆっくり口を開く。
「……感情が動くのは、他人に向けたベクトルが想定外の方向から返ってきた時だ。
それともう一つ、想定していたベクトルが“どストレート”に突き刺さった時も同じだ。
予想通り――いや、希望していた通りなのに、胸がいっぱいになって涙が出ることだってあるだろ?
ドラマでハッピーエンドを見て泣くのは、その典型だ」
佐伯が「わかるー!」と両手を上げる。
「私はあれ、泣きながらアイス食べる派!」
俺 「……だが厄介なのは、感情が動くのが自分の欲求ベクトルの軌道の“外の力”によって引き起こされることだ。
怒りや涙の正体は、結局その“外からの衝撃”に体が勝手に反応してしまう現象なんだ」
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佐伯が腕を組み、ふと思いついたように言った。
「じゃあさ、もし無人島に一人で取り残されたら?
外力なんてないのに、淋しくて泣いてしまうのはどう説明するの?」
高橋がギターで「だって、女の子だもん、涙が出ちゃう」
山本(黙れ)
西村は相変わらずスルーで黒板に「帰属欲求」と大きく書いて、さらさらと矢印を描き足した。
「外力がなくても感情が動くことはあるわ。
人間には“群れに属したい”という帰属欲求がある。
無人島のように“誰もいない状況”は、外力がなくても“欠如”という形で刺激になるの。
むしろ群れが存在しない分、防衛欲求と地位欲求により帰属欲求は加速してしまう。
だから孤独感で泣いてしまうのよ」
俺は黒板を見つめ、頭をかきなが
「……仮説が崩れたな。後の宿題としよう」
佐伯は得意げに笑い、
「ほら、やっぱり私の疑問も大事でしょ!」
と胸を張った。
山本(これが俗に言うザマァか)
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高橋が話を戻す
「でも一番手っ取り早いのは、“感情の出口”を作ることだな。
相手にぶつける前に、別の場所で吐き出す」
西村は温度計の横に二つの丸を描き、その間に線を引く。
「アドラー心理学では“課題の分離”って考え方がある。
相手の反応は相手の課題、自分の行動は自分の課題。
境界線を引けば、相手の態度で自分の温度が上がりにくくなる」
森下は目を瞬かせた。
「……じゃあ、反応のズレがあっても、“それは向こうの課題”って切り替えればいいんですね」
「そう。物理で言えば、外力を遮断する絶縁体を挟むイメージ」
森下は小さく笑って言った。
「……じゃあ、ムッとしたら、まずスマホのメモに書いて、“それは相手の課題”ってつけます」
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その時、国枝先生が入ってきた。
「おい、またコーヒーが減ってるぞ」
高橋が平然と返す。
「それ、先生の感情の沸点テストです」
西村がさらっと言う。
「それは先生の課題ですね」
佐伯が無駄にフォロー。
「先生、アイス食べながら見たら怒りが和らぐかも!」
先生は深くため息をつき、温度計の絵を黒板ごと消した。




