ニュークリア問題
昼休みの部室。
佐伯がプリントを抱えて入ってきた。
「ねぇ、隣のクラスでまた小競り合いあったって」
西村がペンを回しながら顔を上げる。
「理由は?」
「些細な意見の食い違い。最初は“いや違うよ”くらいだったのに、
数分後には完全に口喧嘩。机まで叩いてたらしい」
高橋がニヤリと唇をゆがめる。
「防衛欲求が攻撃モードに変わったパターンだな。人間って、守りを構えたらそのまま殴る準備もするんだよ」
俺はぼそっと言う。
「……蓄えたエネルギーは、出口を探す。守るために貯めた力が余れば、攻撃に流れる」
⸻
西村が黒板にベクトルの図を描く。
「物理的には、外力を押し返すためのベクトルが、相手方向に過剰に作用すると衝突エネルギーになる」
佐伯が首をかしげる。
「でも、なんで防衛から攻撃になるの? 防衛のままで止めればいいじゃん」
俺は指で机をトントンと叩く。
「防衛が長く続くと、脳は“脅威の元を排除”しようとする。
しかも人間は、自分の行動や発言に正当な理由を付けたがる。
“正義”の看板を掲げれば、攻撃も安心して振り下ろせる」
高橋が笑う。
「戦争や軍事もこれだよな。最初は“やめろ”だったのに、気づけば“潰せ”になってる
軍事産業のカモだぜ」
⸻
そこへ国枝先生がドアを開けて入ってきた。
「お前ら、防衛が攻撃に変わる話してるのか? 俺もそうだぞ」
佐伯が興味津々で聞く。
「先生、何があったんです?」
「職員会議でずっと否定され続けたら、いつの間にか“あいつの案を潰す”って考えてた。
だってあいつの案は学校のためにならないし——」
高橋が即ツッコむ。
「ほら、自分の攻撃に正当な理由をつけてる」
国枝先生は「いや、これは正義だ」と真顔で言う。
俺は心の中でため息をついた。
——防衛と攻撃の境界は、案外、指一本分しか離れてないのかもしれない。
⸻
すると、静かに黙っていた山本が手を挙げた。
「先生……昨日買ってきたばかりのコーヒー、全部無くなってました」
国枝先生が一瞬で目を見開き、そして低くつぶやく。
「……犯人を潰す」
高橋がにやっと笑う。
「ほら、今まさに攻撃モードに変わった」




