勝者無き正論
放課後の部室。
高橋がスマホを片手に、口元だけで笑っていた。
「見ろよ、このスレ。芸能人が炎上してる」
佐伯が眉をひそめる。
「また誹謗中傷?」
「いや、今回は正論の殴り合いだな。
“本人の責任”派と“社会の責任”派で、完全に真っ二つだ」
西村が画面を覗き込み、ふっと笑った。
「正論同士だと、摩擦係数が異常に高い」
俺は机に肘をつき、謎の碇ゲンドウスタイルでぼそっと言った。
「……勝者は出ない」
⸻
佐伯が首をかしげる。
「なんで? 正しいほうが勝てばいいじゃん」
「人間は、自分の正義を否定されると、確証バイアスと防御欲求が発動する。
“認知的不協和”ってやつだ。
矛盾を抱えたままだと不快だから、相手の意見を理解するより、
自分の意見を補強して正当化しようとする」
西村が黒板に式を書く。
正論 × 正論 = エネルギー消費↑ 歩み寄りゼロ
高橋がニヤリとする。
「つまり、当人たちは勝ったつもりでも、外から見ればただの強力なS極とN極」
佐伯はため息をつく。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
俺は静かに答えた。
「勝とうとしないこと。摩擦を熱に変えないこと」
⸻
そこへ国枝先生が入ってきた。
スマホを見せながら、妙に真剣な顔で言う。
「なぁ、この職員会議の意見アンケート、“匿名”って書いてあるけど、
正直に書いたらやばいかな?」
高橋が一拍も置かずに答える。
「やばいです」
——結局、人は現実でもネットでも、摩擦を減らす方向にしか動けない。




