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高校生、うっかりマズローを論破してしまう  作者: シンリーベクトル


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夢と毒味



放課後の部室。

ドアを開けた瞬間、やけに香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「……コーヒー?」

西村が鼻をひくつかせる。


「おう、いい香りだろ?」

振り向いたのは国枝先生。机の上にはピカピカのコーヒーメーカーと、小型の冷蔵庫。

横には金色の袋に入った豆。端には“限定焙煎・国枝ブレンド”のシール。


「部員の集中力アップのためにな、俺が奮発した」

そう言いながら、豆を計量カップに移す。


高橋がすかさず切り込む。

「……これ、先生が飲みたかっただけですよね」


「いやいや、部費の有効活用だよ。有効活用」

国枝は全く動じない。

「それより今日は、みんなの“夢”を聞きたいなぁと思ってな」


佐伯が片眉を上げる。

「なんで急に?」


「顧問として“生徒の未来”を知っておくのは大事だからな」

——おそらくSNSに上げるネタだろう。

承認欲求の塊め!



山本が少し戸惑いながらも口を開く。

「……俺、将来は癌や成人病を治す薬を作りたいです」


部屋の空気が一瞬で引き締まる。

山本は普段は控えめだが、理系科目は学年でも上位。

実験や計算も得意で、その言葉には具体的な未来像の匂いがあった。


だが、高橋は腕を組んで首を傾げる。

「へぇ。でもさ、その薬で国民の平均寿命が無駄に延びた結果、医療費も年金問題も爆上がりして、全体的には“国民の不幸”が増えるかもしれないんだぜ?」


山本の表情が固まる。思ってもみなかった。

国枝が慌てて笑ってフォローしかけたところに、俺が淡々と続ける。

「助かった命が5年延びても、その間に何度も高額治療を受けて、本人も家族も疲弊するケースはある。その命がなくなった後家族が悲しいながらも安堵したり」


佐伯がむっとして二人を睨む。

「なんでそんな言い方しかしないの?」


高橋は口角をわずかに上げた。

「夢は、現実の摩擦係数を超えないと動かない。俺はその摩擦の存在を見せてるだけ」


西村が笑ってチョークをくるくる回す。

「摩擦係数が同じ方向にそろえば、力は倍になるんだけどな」


その時、国枝先生が山本の横に来て、そっと耳打ちした。

「……いいぞ、応援してるぞ」


一瞬だけ、本気の声色だった。

続けて、妙に軽い調子で付け加える。


「もしもの時は──俺にだけ薬、使ってくれよな」



思わず吹き出しそうになった。

でも、その冗談めいた一言に、大人の切実さが混じっているのを感じた。


夢も毒も、結局は飲み込むしかない。

それでも横で笑ってる人がいるなら、案外悪くないのかもしれない。


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