守りながら繋ぐもの
放課後の部室。
夕暮れの光が窓から差し込み、机の上に長い影を落としていた。
坂井は椅子に座り、両手を固く組んだままうつむいている。
「……父の機嫌が悪いと、私に当たります」
佐伯が即座に声を上げる。
「じゃあ防衛策を考えよう!」
俺は首を横に振った。
「防衛だけじゃ足りない。距離を取れば確かに安全だが、それだけだと父の地位欲求が逆に強まる可能性がある」
西村がチョークを手に、黒板に簡単な矢印を描く。
「物理で言えば、押しても引いても反発力が働く。完全に押し返すと、相手はさらに力を加えてくることもある」
坂井が小さく首を振る。
「……でも、家族って、距離を取るのが難しいです。同じ屋根の下で暮らしてるし、朝も夜も顔を合わせるから」
俺はうなずいた。
「それが“帰属の距離”やね。家族は強制的に同じ群れに属してる状態だから、他人よりも距離を置きづらい。その分、摩擦も増える」
その時、部屋の隅から高橋が
「だったら、群れのボスに餌をやればいい。犬でも人間でも、腹が満ちれば吠えない。……で、時々餌を切らすと、こっちを失わないように大人しくなる」
冗談とも本気ともつかない声。
俺は話を引き取る。
「人間の地位欲求は、“優位でありたい”という感覚だ。これを安全に満たす場面を作れば、攻撃は減る」
坂井が顔を上げる。
「……安全に満たす場面?」
「例えば、父が得意なことを教えてもらう。小さな相談を持ちかけて、“頼られている”感覚を与える。それだけで地位欲求はかなり満たされる」
山本もうなずく。
高橋が机を指でリズムを刻みながら言う。
「ただし、満腹にさせすぎると暇になる。暇な獣は、遊びで獲物を殺すからな」
一瞬、部室の空気が冷えた。
佐伯が笑って場をつなぐ。
「だからさ、部室は避難所にもしよう。守ることと繋ぐこと、両方できる場所にすればいいじゃん」
坂井は小さく息を吐き、
「……試してみます」と、わずかに笑った。
──家族という群れの中では、距離を取るのも繋ぐのも難しい。
それでも、守りながら繋ぐ方法は、きっとどこかにある。




