Side Mother Goose p2&Сторона Волх・В・Были́на с10
嵐が吹き荒れる。さて、この姿になるのは何十年、いや、何百年ぶりだろうか。覚えてなンかないが。
大きな身体は不便で仕方ない。しかしそれ故に脅威であり、魔獣の王たる証である。
『さァ、とくと拝め!アタシの真の姿を!』
鋭い牙に足の爪、猛禽のような瞳に紫色の巨躯。
長い首をもたげ、飛び上がり眼下を威圧すると、雑兵共はガキのように震え出す。しかし勇者のヤツはこう口を開いた。
「な……デカいガチョウ?」
……ガチョウ?なンだそれは。いや、ずッと前に聞いたことがあるような言葉だな。一体誰が言ッたンだか……どうでも良いか。
しかし動けるのは勇者だけだ。黄色い髪の女も、勇者の仲間ヅラしてる奴らも動けやしない。何故なら──
「あ、あれは!あの姿は!」
「せ、聖鳥様……!?」
アタシの真の姿は、基人国の硬貨に描かれている聖鳥それそのものだからだ。
信仰心の厚いヤツであればある程、アタシを見て動揺し、攻撃を躊躇う。もッとも剣も弓も魔法も、空を飛ぶアタシには届かないし効きやしないが。
「え、聖鳥?……って何だ?」
「確かにお教えした筈ですが……構いません。聖鳥様は聖人様と共に魔王を討伐した仲間であり魔獣の中でも数少ない尊い存在です」
「じゃあ聖人の仲間が寝返って魔王になったって言うのか!?何でだ!?」
「分かりません……しかし、まさか聖鳥様が魔王だなんて、そんな、そんな事、ありえません!何か理由がある筈です!」
これだからあまりこの姿になりたくないんだ。誰も彼もが聖鳥、聖鳥ッて呼びやがる。
アタシは聖鳥なンて知らねェし聖人と一緒にいた記憶もない。たまたま種族が同じなだけの他鳥だろ。
あァ、だが、そうだな。混乱すると人の心には隙が出来る。そこをなぞるように、人々をじッくりと見る。
高所においてこの作業は簡単だ。そうするだけで、ほら。
「え、あ?ここはどこだ?」
「せ、戦場!?助けてくれ!」
「ひい!?せ、聖鳥様!?」
人は簡単に記憶を失う。これは天資とはまた違うアタシの力だ。
何も知らない状態……無知とまではいかないが。戦場に混乱をもたらすならこれで十分だ。
「聖鳥様!?聖鳥様ではありませんか!あぁ、何と神々しい……」
「メリー!?みんな!?クソッ、何をした!?」
『無知の魔女の力だ。人々の記憶を消しただけだが……勇者サマには効かないみたいだな?』
何故だ?あー、もしかするとアタシの無知の力と同じようなものか。勇気ッて言葉は便利だな?
さて、戦場にて正気なのは勇者ただ一人。ここからどう挽回する?
「聖鳥聖鳥ってなんだよ!アレは魔王なんだろ!?違うのか、メリー!!!」
「……っは!」
一瞬、勇者に後光が差したように見えたと思ったら野郎、正気に戻しやがッた!
ああ、理解してないくせに使いこなせるとは!やはり勇者だからか、世界が勇者に味方しているからか……。
「わ、私としたことが。えぇ、えぇ、なりません。あれは魔王。聖鳥様の姿を模した魔獣に違いありません!聖鳥様が私達を裏切るなどあり得ないのですから!」
「なんと、そうだったのか!」
「なんて卑劣な魔獣だ!」
誰が模造品だ、ふざけやがッて。たとえ昔の記憶が曖昧でもアタシはハナッからアタシだッての。
勇者が地面に剣を突き立てたかと思うと抉れ、石礫が舞う。それを足場にするように勇者は跳躍を繰り返しアタシに迫る。……その動きは人間には不可能だ。
『おいジャック!範囲広げろ!』
『はぁい!』
アタシはジャックに命じて檻の範囲を広げさせ、勇者から逃げるように飛ぶ。
追いかけるように勇者は鳥と化し、剣を咥え肉薄する。
『チッ……うっぜぇンだよ!
──I'm the Queen of the Castle!』
この魔法はこの空間内のアタシ以外の相手をひれ伏せさせる。当然、空飛ぶ勇者でも地に落ちる。空中で平伏はできないからな。
だが。
「良いんだ、剣が届く必要は無い。──メリー!聖光魔法だ!」
「はい!
天におわしむ我らが神よ
空におわしむ我らが聖人
我が願いを聞き届け
御力により助け賜え
聖人よ、栄光で以て輝かせたまえ
聖書のために滅びの子を滅ぼしたまえ
──הבשורה על-פי יוחנן 17!」
「……は?」
不意打ちは、良い。実直で馬鹿そうな勇者がこんな事をできるのかと思ッたまでだ。
だが、その魔法は駄目だ。
それは聖光魔法なンかじャない。誰か大切な人が昔使ッていた魔法だ。
誰だ、誰だ、誰だ!あァ、頭が痛い。何を忘れている?また何を忘れている!?
無知の魔女。ライム・グース。
人を無知に、記憶喪失にすることができるが自身の記憶も定期的に少しずつ失われる。
それ故に長き時を生きても狂う事なく。
狂った仲間の介錯を行う者でもあった。
光が迫る中、ふと思い出した。
何百年と生きてきてあり得ない事だッた。
『そうだね、この子はライムと呼ぼう。そのライムみたいな果物が好きみたいだし、それに、私のマザーグースも好いてくれているようだからね』
アタシはあの時何をしていただろうか?ただ、その後悲しい事があッたのは覚えていた。
あァ、そうだ。あの魔法は、確か、この人が──。
聖なる光が、魔王を貫いた。
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「魔王討伐のご成功おめでとうございます勇者様!」
「ありがとな!でも、メリー達のおかげでもあるぜ!」
メリーの聖光魔法によって魔王は倒れた。
この戦いで多くの仲間が亡くなってしまったが魔王討伐成功を祝してひとまずパーティと褒賞授与を行うらしい。やっと帰る手段が得られる!
「わーっ!ゆーしゃさま、おかえりーっ!」
「マルフィダ!あぁ、ただいま!」
謁見の間に向かおうとしたところ前から小さな影が駆け寄ってきて抱きつかれた。王女のマルフィダだ。
久しぶりだな、少し大きくなったか?
「あのねーあのねー、ゆーしゃさまがいない間マルフィダ、良い子にしてたよ!」
「そうかー、偉いな!マルフィダ!」
「うん!えへへ、ゆーしゃさまはマルフィダの事好きー?」
「あぁ、好きだぞ!」
「そっかー!じゃあ、また後でね!」
「うん!」
マルフィダは護衛を連れてニコニコしながら去って行った。あの子、妹みたいで好ましいんだよな。
さて、謁見の間に向かえば王様が深く腰掛け大勢の貴族が壁沿いに立ち並んでいた。
「此度の魔王討伐、ご苦労であった。よって、其方らに褒美を取らす」
「ありがとな!」
「では勇者よ、其方には我が娘マルフィダを取らす」
「えっ?」
聞いてた話と違うぞ!
王様の隣にちょこんと座ったマルフィダは嬉しそうだけど俺にマルフィダの相手は無理だ!だって……。
「不満か?」
「えっと、俺が家に帰る手段を用意してくれるんじゃなかったのか?」
「ふむ……だが、生憎魔王は世界を跨ぐ手段を持っていなかったのだ」
「そんな……」
確かに、そういえは、魔王には『元の世界への帰り方なんて知らない』とは言われていた。
あれは本当の事だったのか……。
「でっ、でも結婚とか無理だ!まだ俺は高校生だし!」
「……ゆーしゃさま、マルフィダの事好きって言ったの、嘘なの?」
「ちっ、違……!」
マルフィダが今にも泣きそうになっている。
あーもーっ!違う!違うんだ!頭を掻きむしる。
「だって!俺は!女だ!!!」
「「「………………え?」」」
しん……と会場が静まり返る。何を勘違いしてやがる、俺は身体も心も女だ!
確かに男装こそしてるが戸籍も名前も間違いなく女だ!男だったらフセスラーヴィエヴィナじゃなくてフセスラーヴィエヴィチだしな!
「……そうか、では、聖女よ。其方がかねてより望んでいた物を答えよ」
「! よろしいのですか!
それでは、私は」
城内の空気を切り替えるように王様が発言を促す。
メリーが顔を輝かせる。しかしその口から告げられた言葉は予想外のものだった。
「ヴォルフ・フセスラーヴィエヴィナ・ブィリーナの死刑を求めます」
「……え?」
……は?なんて?今死刑って、言ったか……?なんで、俺が、メリーに、何をしたよ!?
視界が歪む。怒りか、涙か、絶望からか、よく、わからない。
そして気づく。
今やっと初めて、メリーに名前を呼ばれたと。
「ああ、ここに来るまでなんと長い日々だったのでしょう。移人如きを『勇者』と崇め、へり下り、心身を擦り減らす日々のなんと辛かった事でしょう。
しかしこれも聖人様の試練です。聖人様、私はやり遂げました!」
それが、メリーの本心だったんだ。
俺、馬鹿にされてたんだ。嫌われてたんだ。
無理にでも信じようとしてた俺って、馬鹿だったんだ。
「その者を捕らえよ!」
衛兵が俺の腕を掴む。普段なら逃げ出せただろうけど何故か身体に力が入らない。逆らう気力も、無い。
俺はそのまま地下の牢屋へと連れて行かれた。
「大人しくしておけよ!」
さっきまでの豪華な空間とは打って変わって無骨な檻に投げ入れられた。壁の隙間から月明かりが漏れ込んでいるが、暗い。
立ち上がる気力も無いまま、今更ながらロジェリオの言葉を思い出していた。
『だが、そういう状況になった時片方の言い分だけを聞くなよ。必ず色々な人の言い分を聞くんだ。
その上で自分で決めろ』
俺は、片方の、メリー達の言い分だけを聞いて魔王の、グースさんの言葉を聞き入れようとはしなかった。
俺は、メリー達に望まれたからと力を振るってグースさんを傷つけた。取り返しのつかないことをした。
ああ、じゃあ、これって天罰なんだな。
そうだ、よく考えたら、ずっと『勇者』って呼ばれていて、ヴォルフなんて呼ばれてこなかった。俺はみんなにとって『勇者』という武器でしかなかったんだ。『ヴォルフ』に興味は無かったんだ。
「あ、あは、あはは……」
「うるさいぞ!」
投げられた石が頭に当たる。血が出て、魔法陣が少し浮かび上がり、消える。
なんで治るんだろう。このまま消えて、ワシリーサの下へ行けたら楽なのに。
「父さん、母さん、ワシリーサ……会いたいよ、帰りたいよぉ……」
いきなり異世界に連れて来られ、メリー達に縋るしかなかった。見捨てられたら死ぬしか無かった。盲信するしかなかった。
熱い、熱があるのかな。咳も出る。震えが止まらない。
なんで、こうなっちゃったのかな。
俺、どうしたら良かったのかな。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
次は5月2日
グリム視点に戻ります




