↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIが変えた世界で、僕らはもう一度働き始める  作者: 北野風人
『仕事を失った日』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/37

第9話 AIの答え、人間の判断

「あと四十五分です」


 午後一時。


 第三工場の三号機は、黄色い立入禁止灯に囲まれていた。


 安全柵の内側には誰もいない。


 六軸ロボットの腕は、搬送用治具をつかんだ姿勢で静止している。


 佐藤健一は、壁の時計を見た。


 十三時ちょうど。


 使用できるのは十三時四十五分まで。準備も片づけも、その中に含まれる。


「計測器は?」


「固定確認済みです。ただ、時刻の対応がまだ取れていません」


 村瀬は二つの画面を示した。


 一つはロボット制御器の記録。


 もう一つは、外部計測器の記録だ。


 どちらにも時刻が表示されている。


 しかし、同じ数字だからといって、同じ瞬間を示しているとは限らない。


「昨日の手順でいこう」


 佐藤が言った。


「共通の基準信号で、時刻の対応を取る」


「はい」


 村瀬は操作端末に向き直った。


 保全担当者が、安全確認の結果を読み上げる。


「安全区域内、人員なし」


「非常停止系、正常」


「計測器固定、確認済み」


「動作範囲内、障害物なし」


 佐藤は作業許可書を確認した。


 今回認められているのは、指定された低速動作だけだ。


 連続稼働試験ではない。


 異常音を再現するために負荷を上げることも認められていない。


「基準信号の記録、お願いします」


 村瀬が操作した。


 基準信号が両方の記録に入った。


 保全担当者が接続を確認する。


 続いて、許可された小さな確認動作を行い、測定方向を確かめた。


「取得できました」


 村瀬は二つの記録を確認した。


 基準信号の対応を取り、時計の差とばらつきを求める。機械の応答遅れは、別の値として残した。


 画面に数値が並んだ。


「佐藤さん」


「どうだ?」


「今回の比較に必要な精度は確保できそうです」


「ばらつきは?」


「確認した範囲では、許容できる大きさです。ただ、測定中に変わる可能性もあるので、終了時にも確認します」


 佐藤はうなずいた。


「それでいこう」


 村瀬は、ほっとしたように息を吐いた。


 壁の時計は十三時十一分を示していた。


 残り三十四分。


「本試験に入ります」


     *


 三号機の腕が動いた。


 金属の治具を持ち上げる。


 ゆっくり左へ移動する。


 所定の位置で止まる。


 そして、手首軸が反転した。


 モーターの低い駆動音が響く。


 佐藤は、安全柵の向こうを見つめた。


 あの日のような乾いた音はしない。


 制御画面には緑色の表示が並んでいた。


『軸電流:許容範囲内』


『位置偏差:許容範囲内』


『補正設定:推奨範囲内』


「一回目、完了しました」


 村瀬が言った。


「記録は?」


「制御器側、外部計測器側、ともに取得できています」


「保存を確認してから次へ」


「はい」


 保存完了の表示が出る。


 二回目の動作が始まった。


 腕が上がる。


 治具を移す。


 手首が返る。


 やはり異常音は出なかった。


 村瀬は画面を見たまま、小さく息を吐いた。


「音、出ませんね」


「出ない方がいい」


「それはそうなんですけど……」


 佐藤は画面を指した。


「今日は音を出す試験じゃない。記録を比べる試験だ」


「はい」


 村瀬は外部計測器のデータを開いた。


 そこには、制御器の標準画面には表示されない細かな動きが残っていた。


 手首軸が反転する。


 指令値が変化する。


 実際の動きが追従する。


 目標位置に達したあと、わずかに揺れながら収まる。


「……あれ?」


 村瀬の指が止まった。


「どうした?」


「ここです」


 画面を拡大する。


 青い線が、デジタルツインの予測応答。


 白い線が、外部計測器で測った実際の応答だった。


 どちらも最終的には目標位置に収まっている。


 許容範囲を超えてもいない。


 ただ、白い線の方が、少し長く揺れていた。


「実測の方が、収まるまで時間がかかっています」


 村瀬が言った。


「時刻のずれじゃないのか?」


「確認します」


 村瀬は、基準信号から求めた時刻の対応を適用した。


 計測器の精度と、時刻対応の不確かさも表示する。


 佐藤は隣で待った。


「……差が残ります」


「どの程度だ?」


「少なくとも、時刻対応の不確かさだけでは説明できません」


 佐藤は画面に顔を近づけた。


 白い線は、目標位置をわずかに行き過ぎ、戻り、もう一度小さく揺れていた。


 青い線にも揺れはある。


 だが、収まり方が違う。


「同じ条件でもう一度確認できるか?」


 村瀬は時計を見た。


 十三時二十七分。


「終了時の同期確認と撤収を考えると、あと一回です」


 佐藤は保全担当者に向き直った。


「追加で一回、同じ動作を実施できますか」


「許可条件内です。計測器の固定にも異常はありません」


「お願いします」


 三号機が再び動き始めた。


 腕が上がる。


 治具を移す。


 手首が返る。


 停止。


 異常音はない。


 村瀬はすぐに記録を開いた。


 白い線が、先ほどと似た形を描いていた。


「……出ています」


「同じ傾向か?」


「はい。ただ、詳しい評価は保存してから行います」


 佐藤はうなずいた。


「それでいい」


 村瀬はデータを保存し、終了時の時刻対応を確認した。


 基準信号の記録と比較する。


「時刻の対応に、大きな変化はありません」


「よし。試験終了だ」


 十三時三十五分。


 三号機の腕が待機位置へ戻る。


 保全担当者が停止状態を確認し、計測器の撤収を始めた。


 村瀬は、最後まで画面を見ていた。


「佐藤さん」


「何だ?」


「音は出ませんでしたけど……」


「ああ」


 佐藤は答えた。


「調べるものは見つかったな」


     *


 午後二時十分。


 村瀬は保存した記録をオフライン評価環境へ入れた。


 元の評価条件は残し、今日の低速条件、計測精度、時刻対応の不確かさを別に登録する。


 新しい評価が表示された。


『予測応答と実測応答に差異を確認』


『現行モデルの適用条件:再確認を推奨』


『連続稼働条件への外挿評価:追加検証が必要』


「差を拾ってくれました」


 村瀬は、白い実測波形を指した。


 最終位置は規定内だが、予測より揺れが長く残る。


 同じ傾向を繰り返し測れた。


「原因の候補は?」


 佐藤が聞く。


「モデル、摩擦、機械的な遊び。まだ分けられません。でも、時刻のずれだけでは説明できません」


「そこまで報告しよう」


 村瀬は、ようやく紙コップを手に取った。


 コーヒーを飲むと顔をしかめる。


「冷たいです」


「さっきから置いたままだったからな」


 佐藤も自分の分を飲んだ。


 二人とも、画面から目は離さなかった。


     *


 同じころ、瀾華では小趙が旧試験一覧を整理していた。


 履歴表示、保守診断、保存値の整合性。


 動作補正評価は見当たらない。


「当初の用途については記録があります。用途を広げたときの分は、まだ確認できていません」


 林遠は小趙の表を読んだ。


 確認済みと未確認が、最初から分かれている。


「この形で技術要約にしよう」


「原本は付けず、共有許可のある範囲ですね」


「ああ」


 確認を通して送信すると、小趙は製品部門への追加照会を作り始めた。


 林遠は引き継ぎ一覧を開いた。


 今の整理方法も、そこへ残した。


     *


 東都時間、午後三時四十分。


 大野は報告書を読み終えた。


「予測と実測に差があったんですね」


「はい」


 佐藤が答えた。


「ただし、許容範囲を超えたわけではありません。現時点で故障と断定できる結果でもありません」


「それでも、AIの評価は変わった」


「新しい実測結果を加えたことで、モデル適用条件の再確認を求める結果になりました」


 大野は画面を見た。


「昨日までの評価では、その差を確認できなかった?」


「今回の独立計測によって、比較できました」


 大野は、しばらく考えていた。


「佐藤さん。あなたの結論は?」


「現行の評価結果だけでは、連続稼働試験の再開を判断できません」


「次に必要なことは?」


「手首軸の機械状態の確認です。制御側の評価と切り分ける必要があります」


「分かりました」


 大野は端末を操作した。


「保全部門に点検を依頼します」


 佐藤はうなずいた。


「ありがとうございます」


「ただし、今日の結果をもって、故障が見つかったと報告しないでください」


「もちろんです」


「製造部には、分かっていることと、分かっていないことを分けて説明します」


「お願いします」


 大野は、少し疲れた顔をしていた。


「正直に言えば、今日の試験で問題なしと出てくれた方が、仕事は楽でした」


 佐藤は答えなかった。


「でも、こういう結果が出た以上、確認しないわけにはいきませんね」


 大野は報告書を閉じた。


「佐藤さん」


「はい」


「昨日、あなたは時間をくださいと言いました」


「はい」


「今日、その時間で何を得たかは分かりました」


 佐藤は、静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼は、点検が終わってからにしましょう」


 大野は少し笑った。


「まだ、仕事が残っています」


     *


 午後四時四十分。


 保全担当者が、三号機の詳細点検を準備していた。


 佐藤が計測結果を渡すと、担当者は前回の点検記録と見比べた。


「反転方向の応答にも、気になる変化があります。ただし、前回とは測定条件が完全には同じではありません」


「所定の条件で測り直せますか」


「明朝の枠を調整します。出力側の遊びと支持部も確認したいです」


 村瀬は明日の作業欄へ、測定条件の照合を書き込んだ。


 佐藤は、停止した手首軸を見た。


 最初の音は、まだ説明できていない。


 今日はその音を再現せずに、予測と実機の差を残せた。


 担当者が点検位置を照らした。


 カバーの奥へ、細い光が入っていった。

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。