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AIが変えた世界で、僕らはもう一度働き始める  作者: 北野風人
『余った時間』

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第41話 余った時間

 新しい道具が入って、最初の週が終わっていた。


 照合の仕事は、確かに減っていた。


 ただ、見込みの通りではなかった。


 道具が振り分けた記録のうち、人の確認に戻るものが、思ったより多かった。


 理由の表示が短くて、結局人が開き直すもの。


 条件表の、どちらにも入らないもの。


 佐藤は初週の数を記録した。


 見込み二十六時間に対して、実際に空いたのは、その半分ほど。


 数字は、まだ途中の数字だった。


 会議室の机に、三つの札が置かれた。


 増産。


 輪休。


 培訓。


 先週出た試算の続きだった。


 一週間で、延べ二十六時間。


 道具が置き換える見込みの、記録照合の時間。


 今日は、その時間の行き先を決める。


 大野が最初に言った。


 「今日決めるのは、全部じゃない。試しの形だ」


 製造側の主張は、増産だった。


 「納期の詰まっている品目がある。人が空くなら、そこへ回したい」


 製造側は、出荷の表を示した。


 来月、納期の重なる週が二つあった。


 班組の代表は、輪休を挙げた。


 「土曜の追加班がなくなって、休みは増えた。でも、平日の残業は戻ってきています」


 「一人あたり、月に五時間ほどです」


 代表は勤務の集計を置いた。


 「このまま増産に全部回せば、残業はもっと戻ります」


 佐藤は、培訓の札を指した。


 「照合をしてきた人たちは、次に判断の仕事が要ります。学ぶ時間を、ここで作れます」


 三つの札は、どれも間違っていなかった。


 佐藤が、初週の集計を報告した。


 集計は、作業ごとに分けてあった。


 誰が速かったか、ではない。


 どの作業で、どれだけ戻ってきたか。


 理由の表示が短かったものの山が、いちばん大きかった。


 「道具のせい、というより」


 佐藤は言った。


 「理由の書き方が、まだ道具に渡せていないんです」


 大野は頷いた。


 「それは、次の課題だな」


 「実際に空いたのは、見込みの半分ほどです」


 「半分か」


 製造側が言った。


 「週で直すと、十三時間ほど。増やす週もあれば、戻る週もあります」


 「では、二十六で計算してはいけないな」


 大野は表を映した。


 二十六時間の全部は、まだ見込みだ。


 道具を入れた最初の月は、確かめる作業も増える。


 「だから、使うのは一部だけにしよう」


 提案は、こうだった。


 四週間、試しにやる。


 三つの班が、週替わりで順番に当たる。


 当たった班は、金曜日の作業を二時間短くする。


 短くなった時間の使い道は、本人が先に選ぶ。


 休むか、学ぶか。


 選んだことは、勤務表に残す。


 生産の数と、間違いの数は、いつも通りに記録する。


 結果は、現場の掲示板に貼る。


 全員が見られる形で。


 残りの見込み時間は、急な仕事のために残しておく。


 「試しのあいだ、生産が落ちたら」


 製造側が言った。


 「四週間で確かめる。落ちた分がどこで出たかも、記録する」


 大野が答えた。


 「続けるかどうかは、数字を見てから決める」


 班組の代表が、もう一つ尋ねた。


 「試しのあいだに、急な仕事が入ったらどうなります」


 「金曜の短縮は、その週だけ取り消せます」


 大野が答えた。


 「ただし、取り消した分は、翌週に回す。消えたことにはしません」


 「誰が取り消しを決めるんですか」


 「私です。理由は議事に残します」


 代表は頷いた。


 決め方は、挙手だった。


 班組ごとに、賛成と反対を数える。


 反対は、二つあった。


 理由も、その場で聞いた。


 もう一人、どちらとも言わなかった作業員がいた。


 「結果の貼り方だけ、確かめたいです」


 「掲示板に、四週間分を並べて貼ります」


 大野が答えた。


 「生産も、間違いの数も、同じ紙です」


 作業員は頷いて、手を挙げた。


 交代の組み直しが面倒なこと。


 最初の順番が、どう決まるのか分からないこと。


 大野は二つとも、議事に残した。


 試しは、決まった。


 帰り際、佐藤は議事の記録を開いた。


 反対の理由も、どちらとも言わなかった人の確認も、残っていた。


 決まったことだけが残る議事なら、今日の半分は消えていた。


***


 最初の週に当たったのは、森田のいる班だった。


 金曜日。


 森田は勤務表の前で、選択の欄を見ていた。


 休む。


 学ぶ。


 二つの欄があった。


 森田は、学ぶほうに印を付けた。


 二時間。


 測定の練習だった。


 照合の仕事で、表示と現物を比べてきた。


 次は、測る側の基礎をやりたいと、前から希望を出していた。


 練習室で、指導の担当者が標準片を置いた。


 「今日は、当て方だけをやります」


 森田は測定器を持った。


 最初の一回は、値がずれた。


 二回目も、少しずれた。


 担当者は、急がせなかった。


 「勤務表の二時間は、練習のために取ってあります」


 森田は頷いた。


 三回目。


 値が、範囲の中に入った。


 記録に、時刻と値が残った。


 「もう三回、続けてみましょう」


 担当者が言った。


 森田は測定器を持ち直した。


 四回目は、範囲の中。


 五回目は、少し出た。


 「押し足してますね」


 「分かります。当てるまでは、照合の癖が使えました」


 森田は言った。


 「表示と現物を比べるのは、やってきたんです。測るほうは、まだ手が慣れてません」


 「経験は、半分使えてます。残り半分は、練習の分です」


 六回目。


 値が、範囲の中に入った。


 担当者は記録に、二回続けて入ったことを書き添えた。


 森田は、記録を見せてもらった。


 六つの値が、並んでいた。


 範囲の外に出たものも、そのまま残っていた。


 「消さないんですね」


 「消しません」


 担当者が言った。


 「外れた値があるから、入った値の意味が分かります」


 森田は、自分の指先を見た。


 押し足していたときの感覚が、まだ残っていた。


 「手のほうは、来週ですね」


 「ええ。勤務表に、もう入っています」


 練習が終わって、森田は自分の予定表を開いた。


 土曜の追加班がなくなった月、彼は家計を計算し直していた。


 今月の表は、あのときより静かだった。


 収入の欄は、大きくは変わっていない。


 代わりに、金曜の欄に、新しい文字があった。


 練習。


 森田はその文字を、しばらく見ていた。


***


 掲示板の前に、人が集まっていた。


 試しの予定が貼り出されている。


 四週間の、班の順番。


 一週目は森田の班。


 二週目、三週目と続く。


 別の作業員が、掲示の隅を指した。


 「結果が悪かったら、試しは終わりですか」


 「終わりにはしない」


 大野が答えた。


 「悪かった分がどこで出たかを見て、形を直す。議事に、そう残してある」


 作業員は頷いた。


 その隣に、まだ順番の入っていない班があった。


 来月から加わる予定の班だった。


 その班の年長の作業員が、掲示を見ていた。


 「うちは、五週目ですか」


 大野が答えた。


 「来月の初めに、順番を決めます」


 「理由は、ありますか」


 作業員は、声を荒げなかった。


 「五週目になる理由を、先に聞きたいんです。待つのは構いません。でも、理由のない順番にはしたくない」


 周りの作業員も、頷いた。


 大野は掲示板の余白を見た。


 「来週の会議までに、順番の決め方を文章にします」


 「お願いします」


 作業員は一礼して、持ち場へ戻った。


 掲示板には、四週間の予定と、一つの空欄が残った。


 佐藤はその空欄を見ていた。


 順番には、理由が要る。


 今日決まった試しも、数字だけでは決まらなかった。


 誰かが理由を聞いて、誰かが理由を書く。


 その手間を省いたら、省けた時間の意味も、薄くなる。


 佐藤は、空欄の横の、決まった順番を見直した。


 一週目、二週目、三週目、四週目。


 並んだ班の名前は、どれも知っている名前だった。


 知っている名前ほど、理由なしには並べられない。


 帰り際、森田が声をかけた。


 「金曜の練習、来週も同じ時間ですか」


 「ああ。勤務表に、もう入っている」


 森田は頷いた。


 試しは始まったばかりだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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