第31話 庭を見ていた理由
「歌は、嫌いじゃないよ」
女性は窓の外を見ながら言った。
「でも、大勢で順番に歌うとなると、私はちょっとね」
一舟は端末の活動案を見た。
一番上には、歌を歌う会。
会場の広さや参加しやすい時間、これまでの利用状況から、候補として選ばれていた。
「聞いているだけでも、いいみたいです」
一舟が言うと、女性は笑った。
「そうだね。でも、今日は庭を見ていたいな」
窓の向こうには、小さな花壇があった。
煉瓦の間から、細い草が伸びている。
「花が好きなんですか」
友達の美玲が尋ねた。
「前は、あそこで少し育ててたんだよ」
女性は張さんといった。
地域センターの催しを手伝っているが、最近は庭へ出る人が少なくなったという。
「職員さんが水をやってくれる日もあるよ。ただ、一人で座っていると、長くはいないね」
一舟は端末を開いた。
「みんなで花を植えるのは、どうですか」
入力すると、活動の案が並んだ。
土を整える。
苗を選ぶ。
水やりの予定を決める。
張さんは画面をのぞき、首をかしげた。
「楽しそうだけど、私は見ているだけの日もあるよ」
「手伝わなくても大丈夫です」
「うん。でも、私がいなくても、みんなは来たい?」
一舟は顔を上げた。
張さんに来てもらうための活動だと思っていた。
美玲が窓の外を見る。
「私は、何が咲くか見たいです」
「僕は写真を撮りたい」
隣の子が言った。
一舟も庭を見た。
花壇の奥に、白い花が一つ咲いている。
何の花か、分からなかった。
先生が尋ねた。
「庭を見せてもらえますか」
職員に確認してから、皆で外へ出た。
張さんは帽子をかぶり、窓際にあった椅子を運んでもらった。
「今日は、ここにするよ」
花壇まで細い舗装路が続いていた。
途中に置かれた植木鉢を避けると、二人並んでは通れない。
一舟は学校の端末を取り出した。
先生が撮影の範囲を確かめる。
庭と通路を映し、張さんや職員の顔は記録しない。
端末をゆっくり動かすと、花壇と建物の輪郭が画面に現れた。
一舟はモデルを指で回した。
上から見ると、庭は思ったより小さい。
道の幅と、椅子を置けそうな場所が分かる。
「日当たりも比べてみようか」
先生が言った。
センターに残っていた建物の情報を読み込む。
画面の中で、壁の影が動いた。
午前は花壇の手前に光が当たり、午後には影が伸びる。
庭木の葉がどれくらい光を遮るかは資料が足りず、薄く表示されていた。
「午後は、あの木の下が暗くなるよ」
張さんが実際の庭を指した。
「私は午前の方が好きだね」
一舟はメモを付けた。
美玲が画面の中で椅子を移す。
「ここなら、道をふさがないかな」
張さんは立ち上がり、その場所まで歩いてみた。
「花はよく見える。でも、話すにはちょっと遠いね」
皆で椅子を動かす。
一舟は画面の位置も変えた。
「ここはどうですか」
張さんが座る。
「うん、ここならいいね」
椅子の横には、一人分の余地が残った。
その夜、一舟は班の予定表を開いた。
美玲は午前なら来られる。
写真を撮りたい友達も、最初の一時間なら参加できる。
資料を整理する担当の欄には、まだ予定が入っていなかった。
一舟は手を止めた。
昨日、聞くと決めていた。
訪問の準備をしているうちに、忘れていた。
すぐに連絡する。
『ごめん。庭に行く日、まだ聞いてなかった』
少しして返事が来た。
『その日は家の用事がある』
一舟は予定を開き直した。
次の週なら、その友達は来られる。
けれど、写真を撮りたい友達は難しかった。
学校のAIに、皆が伝えてくれた時間を入れる。
候補が三つ出た。
一つは、美玲が来られない。
もう一つは、センターの閉まる時間に近い。
最後の候補なら、短い時間だけ全員がそろえた。
一舟は、それぞれに尋ねた。
全員から返事が来てから、先生へ送る。
『この時間で、張さんにも聞いてください』
先生から返事が届いた。
『都合を伺います。まだ確定とは伝えないでおきましょう』
翌日、張さんから返事があった。
天気がよければ、庭へ出たい。
椅子に座って眺めるだけでもよいなら。
一舟はその文を、班の皆と読んだ。
「もちろん、いいよね」
美玲が言った。
写真を撮りたい友達は、以前の庭の写真がセンターに残っていないか、聞いてみることにした。
「前と今を比べられたら、面白そう」
資料を整理する友達は、花の名前を調べると言った。
「でも、毎週は来られないよ」
「一回だけでもいいよ」
一舟は答えた。
皆が集まれる時間を、活動表へ入れる。
その下に、張さんの言葉も残した。
――天気がよければ。
雨の日は、室内で写真を見ることにする。
準備は先生と職員が手伝ってくれる。
放課後、もう一度庭を訪ねたとき、一舟は花壇の端に灰色の箱を見つけた。
細い管が、箱から土の中へ延びている。
「これ、何ですか」
「前に使っていた水やりの装置だよ」
張さんが答えた。
「しばらく動かしていないね」
一舟は箱をのぞき込んだ。
透明な窓の奥に、小さな表示板がある。
消えたままだった。
「直したら、また使えますか」
「どうだろうね。いつから止まっているのか、私も知らないんだ」
一舟は端末を取り出しかけ、先生を見た。
「写真、撮ってもいいですか」
先生は職員へ声をかけた。
職員が箱の番号を確かめる。
「記録用なら大丈夫。電源やふたには触らないでね」
一舟は番号を撮り、班の予定表へ添えた。
庭に来る日まで、あと四日だった。
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