第30話 数字にできないもの
『これは、誰が決めるんですか』
許真からの質問を、周敏は朝一番に開いた。
就業への効果。
学習記録に現れたその欄には、まだ数字が入っていない。
管理担当者に確かめると、次の募集方法を考えるために設けた試算項目だった。名簿の入力や計算は、まだ行っていない。
検討用に設定した欄が、本人の画面にも表示されていた。
周敏は、まずそのことを許真に伝えた。
『今回決まった練習には影響しません。項目の目的と、今後使うかどうかを確認します』
返事はすぐに来た。
『分かりました。次の練習には行きます』
そのあと、もう一通届いた。
『家で勉強できる時間が少ないと、低くなるんですか』
周敏は、すぐには答えられなかった。
何を使って計算するつもりなのか、自分も知らなかった。
学習点の管理担当者は、申込人数の表を出した。
すでに決まった三回の席。
それでも、希望する時刻に入れなかった人がいる。
「限られた予算で、できるだけ仕事につながるようにしたいんです」
担当者が言った。
「結果が分かれば、次の予算も説明しやすくなります」
今回追加できた一回は、未使用の試行事業費を振り替えたものだった。
次期も同じだけ使えるとは限らない。
林遠が項目の説明を開いた。
過去の学習時間。
課題の進み方。
修了後、一定期間内に仕事へ移ったかどうか。
「これを、どう使う予定ですか」
「まだ決めていません。予測の高い人から席を案内する方法が、一つ出ています」
周敏が許真の質問を見せた。
「家で学べる時間が少ない人は、どうなりますか」
担当者は説明を読み直した。
「時間が短ければ、進み方の予測に影響する可能性があります」
林遠は、許真が子供の声で端末を外した日のことを思い出した。
止めて、また戻る。
同じ一時間でも、続けて使える人と、分けて使う人がいる。
「使う前に、架空の例で比べられますか」
実際の申込者の記録は使わず、異なる条件を置いて試すことになった。
林遠は結果を待つ間、別の仕事へ戻った。
昼前、一舟から短い連絡が来た。
『今日、帰ったら話していい?』
『いいよ。夕飯のあとで』
その夜、一舟は食卓に端末を置いた。
学校の地域活動で、近くの人に話を聞き、できることを考える課題が始まったという。
画面には、班の名前と作業が並んでいた。
資料を集める人。
訪問する人。
発表をまとめる人。
「これ、河図が作ったの?」
林遠が尋ねた。
「学校のAI。先生が予定を入れて、案を出してくれた」
一舟は、ある名前を指した。
「この子、半日しか来られないから、資料の整理になってる」
「本人は何て?」
「まだ聞いてない。でも、話を聞きに行きたいって、前に言ってた」
林遠は表を見た。
時間の短い人には、自宅でもできる役割が割り当てられている。
「午前に行けるなら、一緒に訪問できるかもしれないね」
「うん。明日、聞いてみる」
一舟は表を閉じた。
「お父さんの方は?」
「席が足りないとき、どうやって決めるか考えてる」
「早く終わる人から?」
「そういう案も出てる」
一舟は考えた。
「早く終わったら、次の人も入れるんじゃない?」
「そうかもしれない」
林遠は答えた。
「でも、時間がかかる人が、いつも後ろになるかもしれない」
「じゃあ、どっちがいいの」
「明日、結果を見て話すよ」
一舟は、友達に聞きたいことを書き始めた。
翌日、試算結果が届いた。
架空の申込者を三人置いている。
勤務後に短い時間を分けて学ぶ人。
まとまった時間を使える人。
すでに似た作業の経験がある人。
表示された予測では、経験のある人を先にすると、一定期間内に修了する人数が多かった。
一方、学べる時間が限られた人は、後ろへ回りやすかった。
管理担当者が言う。
「この案なら、短い期間の結果は説明しやすいです」
「予測には、何を入れましたか」
林遠が尋ねた。
「過去の学習時間と、課題の進み方です。修了後の結果は、別の集計から見込んでいます」
「本人が何を学びたいか、仕事を変える必要がいつあるかは?」
「今回の試算には入れていません」
周敏が画面を見た。
「時間が短い理由も、分からないんですね」
「はい。実際に使うなら、集める情報から決める必要があります」
許真の質問が、林遠の端末に残っていた。
家で勉強できる時間が少ないと、低くなるのか。
今の方法では、そうなる可能性がある。
「本人が話したくない事情もあります」
周敏が言った。
「申し込むために、全部書いてもらうことになるかもしれません」
管理担当者は、予測結果の注意書きを開いた。
過去の傾向を基にした見込みであり、個人の能力や価値を示すものではない。
「席の順番に使えば、本人の機会を左右します」
林遠が言った。
「でも、順番は決めなければなりません」
担当者は申込人数を示した。
「席が足りないことは変わらないので」
周敏は、参加希望者から届いた意見を開いた。
『初めて申し込む人には、一度、試す機会がほしい』
『抽選だけだと、何度も外れるかもしれない』
「まず、まだ参加したことのない人を対象にする。希望が席を超えたら抽選する」
周敏が言った。
「外れた人には、次回の候補に残るか聞けます」
林遠が尋ねた。
「時間帯を選び直すこともできますか」
「できます。取り下げや変更も、本人ができるようにします」
管理担当者が案を書き取る。
申込みに困る事情がある場合は、窓口で相談を受ける。
選び方と、候補の扱いも案内に載せる。
「これでも、席は増えません」
担当者が言った。
「はい。でも、どう決めるかを説明できます」
周敏は、すでに送った案内を確認した。
追加された一回も、参加者の席も決まっている。
今回の相談で、そこは変えない。
管理担当者は、就業効果の予測を次の募集の順位付けに使う案を、いったん外した。
試算欄は本人画面から消し、表示された経緯を知らせる。
事業の結果を報告するために何を集めるかは、目的と方法を改めて相談することになった。
周敏は許真へ返事を送った。
『試算項目は、次の名額配分には使いません。目的が決まる前に表示され、説明も不足していました』
『質問に答えてもらえて安心しました』
許真は続けて、練習日の開始時刻を確認した。
すでに決まった席は、そのままだった。
夕方、一舟が帰ってきた。
靴を脱ぐなり、林遠に端末を見せる。
「聞いたよ」
半日しか参加できない友達は、訪問して話を聞く役をやりたかった。
午前なら一緒に行けるという。
「資料の整理も、別に嫌じゃないって。でも、両方できるならやりたいって」
一舟は班の表を開いた。
訪問を午前へ動かし、資料を整理する役を二人に分けた。
AIの案より、発表の準備は少し遅くなる。
先生が教室の予定を確認し、その時間なら使えると教えてくれた。
「よかったね」
林遠が言うと、一舟は別の名前を指した。
「この子には、まだ聞いてない」
新しい分担では、その子が資料の続きを受け持つことになっている。
「明日、聞く。嫌だったら、また考える」
質問を保存したところで、葉寧が食卓から呼んだ。
「ご飯にするよ。端末は、あとで」
一舟は画面を閉じた。
食後、先生から班へ連絡が届いた。
地域の活動について話を聞く相手が決まったという。
地域センターで、催しの世話をしている女性だった。
先生が訪問時間と、事前に確認してよい内容を知らせている。
その下に、AIが作った活動案も添えられていた。
会場の広さ。
参加しやすい時間。
これまで利用された催し。
それらを基に、候補が並んでいる。
一舟は一番上を開いた。
歌を歌う会。
評価欄には、参加しやすいという説明が付いていた。
「楽しそう」
一舟は言った。
翌日、先生に付き添われ、一舟たちは女性と会った。
活動案を見せると、女性は一番上の項目を読んだ。
「これは、私は行かないかな」
一舟は顔を上げた。
「歌、嫌いですか」
女性は少し笑った。
「嫌いじゃないよ。でもね」
隣に座っていた友達が、先に端末を閉じた。
「何だったら、行きたいですか」
女性は窓の外を見た。
その先に、地域センターの小さな庭があった。
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