第15話 取り戻した土曜日
三号機が、一つ目の部品を運んだ。
薄い金属板を取り、治具の上へ置く。
手首が返る。
村瀬は計測画面を見たまま、次の動作へ進めた。
佐藤は安全柵の外に立っていた。
今朝の作業許可は、対象品番を絞った限定試験。昨日、治具の異なる品番を外した一覧が、操作卓の横に置かれている。
「一回目、完了です」
品質保証の担当者が部品を受け取り、検査台へ運んだ。
中村は計測器の固定を確かめる。
「変化ありません」
佐藤はうなずいた。
最初の異常音を聞いた朝から、何度も三号機を見てきた。
今日は、次に何を確かめれば終われるのかが、作業表に書かれていた。
*
二つ目の箱へ移る前に、村瀬が手を止めた。
「この箱、待ってください」
製造部の担当者が振り返る。
「品番、違いますか」
「品番は同じです。部品の向きが違います」
自動搬送車が運んできた箱だった。
仕切りが変わり、金属板が計画とは逆向きに収められている。
担当者は箱の表示を読み直した。
「梱包変更の方ですね。入れ替えます」
佐藤は、村瀬の横から画面を見た。
把持位置を補正すれば、取れるかもしれない。
だが、その条件は今日の対象に入っていなかった。
村瀬は箱を除外し、取り替えた番号を記録した。
「指定の荷姿、確認しました。再開します」
佐藤は何も言わず、元の位置へ戻った。
少し前なら、村瀬は先に「これでも大丈夫でしょうか」と聞いただろう。
今は、自分で止め、必要な相手へ確認していた。
*
午前九時四十八分。
予定した試験が終わった。
村瀬が三号機を待機状態へ戻し、記録を書き出す。
品質保証の担当者から、検査結果が届いた。
対象部品は基準内。
応答の記録にも、定めた中止条件に該当する変化はない。
「交換前との比較は、昨日の確認で区切っています」
村瀬が資料を開いた。
「今日は整備後の状態で、同じ条件を繰り返せるかを見ました」
中村は計測器の確認欄に署名した。
「整備側から追加することはありません」
佐藤は結果を一枚にまとめた。
未確認の品番は、完了欄へ移さない。
今日通ったものだけに、記録番号を付ける。
大野が一覧を読み、製造部と品質保証へ確認した。
監視付きの限定運転へ進む承認がそろうと、村瀬は生産管理へ対象範囲を登録した。
操作画面に、三号機の作業予定が戻った。
以前より短い一覧だった。
「開始します」
村瀬が言った。
部品箱が、安全柵の前へ運ばれてきた。
*
瀾華時間、午前九時過ぎ。
林遠の端末に、東都からの報告が届いた。
『限定試験完了。指定品番について、監視付き運転へ移行』
「動いたんですね」
小趙が椅子を寄せた。
「ああ」
添付された結果には、昨日まとめた条件表への参照がある。
小趙がリンクを開き、版番号を確かめた。
「村瀬さん、比較の記録も付けてくれています」
同じ実測記録に対する、修正前後のモデル評価。
それとは別に、同じ動作条件で測った整備前後の実機記録。
二つの比較が分かれていた。
「これなら、何を直して変わったのか追えますね」
「使って迷ったところも、聞いておこう」
「今、送りますか」
「運転中だ。向こうの確認時刻に合わせよう」
小趙は照会を予約送信にした。
林遠は共有表の一行を更新する。
試験予定から、実施済みへ。
続いて、限定運転の記録先を加えた。
小趙は自分の机へ戻りかけ、もう一度画面を見た。
「この表、僕が説明しなくても使えたんですね」
「修正の返事が来るかもしれないぞ」
「来たら直します」
林遠は笑った。
「頼む」
*
東都時間、午前十一時四十分。
製造部の担当者が、生産管理システムへ実績を入力した。
三号機で移載した数量と、検査を終えた数量。
AIが残りの工程を組み直す。
昨日外した品番は、第二ラインに残ったままだ。
「これを入れなくても、土曜の追加分を平日に収められる案が出ています」
担当者が画面を回した。
佐藤は、三号機へ割り当てられた品番を確認した。許可された範囲は変わっていない。
「第二ラインの保守枠は?」
大野が聞いた。
「残しています。出荷前検査の順番を入れ替えています」
「出荷担当と合わせてください。午後の確認後に決めましょう」
担当者は計画を送った。
村瀬が小声で言った。
「品番を減らしたから、数量が足りなくなると思っていました」
「俺も気になってた」
佐藤は答えた。
機械だけを見ていては、検査と出荷の空きまでは分からない。
担当者は戻ってきた回答を読み、別の部署へ電話をかけていた。
*
午後三時十五分。
三号機は、決めた条件のまま動いていた。
定時の確認を終え、品質保証から結果が届く。
出荷担当からも、組み直した予定で対応できると返事があった。
大野は製造部と話し、勤務調整の画面を開いた。
「土曜日の追加班は、取り消します」
担当者が通知先を読み上げた。
送信。
予定欄が、確定へ変わった。
村瀬は椅子の背にもたれ、両手を膝に置いた。
「間に合いましたね」
「ああ」
佐藤も記録を保存した。
大野が二人へ向き直った。
「ありがとうございました」
村瀬は顔を上げた。
大野はもう製造部の担当者と、取消後の連絡を確認していた。
村瀬が、少し遅れて頭を下げる。
佐藤は保存先を閉じ、ようやく冷めたお茶に口をつけた。
*
夕方、第二ラインの脇で、作業員が端末を見ていた。
食堂で娘の発表会の話をしていた男だった。
名札に、石井とある。
「土曜、なくなったんですね」
隣の同僚が言った。
「ああ。家に連絡した」
「席、まだあります?」
「取ってあるってさ」
石井が笑った。
佐藤は通り過ぎようとしたが、石井が気づいて会釈した。
「三号機、戻ったんですね」
「一部の作業だけですけど」
「助かりました」
佐藤が返事を探している間に、石井の端末が鳴った。
「娘からだ」
「何て?」
同僚がのぞこうとする。
「前の方で見るなって。緊張するから」
「注文が多いな」
「来るなとは言われてないから」
二人が笑い、佐藤も笑った。
「どこで見るんですか」
「後ろです。でも、見えるところで」
石井はそう言って返信を打った。
佐藤は会釈して歩き出した。
背後で、同僚が何の発表なのかと聞いている。
石井の声が、さっきより少し大きくなった。
*
制御室へ戻ると、村瀬が引き継ぎを終えていた。
「次の担当にも、対象範囲を確認してもらいました」
佐藤は交接欄を読む。
担当者の名前と時刻。未確認の品番は、操作画面でも選択対象から外してある。
「最後の送信は僕がやります。今日は帰って大丈夫です」
「ありがとう。頼む」
鞄を持つと、妻からメッセージが届いた。
『お義母さんの病院、来週の付き添いは私でいい?』
佐藤は予定表を開いた。
次の検証は、村瀬と中村で準備できる。
母の予約は、その日の午前だった。
『午前は俺が行ける。帰ったら相談しよう』
送信し、出口へ向かった。
第二ラインの前には、勤務予定を見直す人たちがいた。
「土曜の分、今月の収入に入れてたんだけどな」
若い作業員の声だった。
佐藤は足を緩めた。
「追加勤務がなくなったから、手当もなしだろ」
「まあ、そうだな」
隣の男は、家の用事があったから助かると話した。
若い作業員はうなずき、端末を閉じた。
佐藤は、その手元から目を離した。
自分も、追加勤務の手当をあてにした月があった。
石井が喜んだのと同じ通知を、この男も受け取っている。
出口の手前で、今日の報告書を開いた。
『土曜日の追加勤務を解消』
勤務調整の担当者へ、短い連絡を書いた。
『取消後の収入面を心配する声も出ています。次の調整時に、本人たちの希望を確認する時間を取れますか。』
送信すると、妻から返事が来た。
『了解。今日は何時ごろ?』
壁の時計は、終業時刻を五分過ぎていた。
『今から帰る』
佐藤は端末をしまった。
自分の予定を一つ決め、今日の勤務を終えた。
出口の扉を押すと、外にはまだ明るさが残っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




