第五話
あっという間の出来事で声も出せないでいると、助けてくれたらしい見知らぬ男性が「今回の件、明日にでも詳しく話を聞くこととなる」と言って帰宅を促してきた。侍女はそれに慌てて礼を言い、私は馬車に詰め込まれて家に帰ったのだ。
「――と、いうことがございました」
家に帰って一番にやるべきこと、それは当主への報告である。在宅中でよかったのか悪かったのか、私は心の準備もできないままで父に今日の出来事を報告した。父は文字通り頭を抱え、一緒に聞いていた母と妹は絶句した。
「うんまあ、やらかすかもとは思っていたが、やらかす度合いが思ったより大き……。あ、待ちなさい、ペトラ。怪我はしてないだろうね。腕を掴まれたと言っていなかったか」
「はい。すぐに助けていただけましたので、あともありません」
「そうか、よかった」
安心したように胸に手を置いた父を、母が睨む。
「いい筈がありません。娘が乱暴を受けたのですよ。男性同士の小競り合いではないのです。ああ、ペトラ。怖かったでしょうに……」
「……怖かったというより、咄嗟の判断ができなかったことが無念です」
「また貴女はそんなことを言って」
文句を言いながらも抱きしめてくれるあたり、母も甘い。けれど、これだけでは終わらないのだ。我が家には頼もしい存在がいる。
「それもこれも全部、お父様の損切りが遅かったせいです。お姉様もですが」
「う、すまない」
「……耳が痛いわ」
妹の言う通りだった。どこかのタイミングで損切りはするべきだったのだ。判断を誤ったのは私であり父であり、我が家なのである。
「あんなのが我が伯爵家に縁づかなくてよかった、で終わりたい話です。お父様はこの件をあたくしたちの代に持ち越さないよう、ペコラ子爵家やセルペンテ男爵家とも上手いことなさってくださいね」
「頑張るよ」
しっかり者の妹は、既に次のことを考えているのだろう。私とコリーとの婚約で繋がっていた契約は然程多くはないが、それでもまったくないという訳でもなかった。契約を継続するか、切るか。その判断は現時点で父がするだろうが、どちらに転ぶにしろ妹夫婦が継いだあとに遺恨などが残っていたら困る。本当に先々のことまでよく考えられる優秀な妹だ。多少不本意な形で後継を譲ることとなってしまったが、これでよかったのだろうとつくづく思う。
そんな頼もしい妹の横顔を眺めていると、急にぐりんとその目がこちらに向けられて肩が跳ねた。
「お姉様はきっと明日王宮にお呼ばれでしょうから、今日はもうお休みになって」
「はい……」
そうきっぱりと言い放つ妹は本当に頼もしくて姉として鼻が高く、ちょっとやるせなくて、でも嬉しい。妹は、純粋に私のことを心配してくれてもいるのだ。子どもの頃から少し気が強くてお転婆で、けれど頭の回転が速い彼女は、それでも下の子らしく甘えん坊なところもある上に優しい。ただまだ身内には素直になれないお年頃らしく、こういうふうな口調になってしまうだけなのだ。
妹の言葉に甘えて、私はそのまま部屋に下がった。まだ早い時間だったが、疲れていたのか夕食も取らずにそのまま朝まで眠ってしまった。ただ、久しぶりに昔の夢を見た。おとぎ話に出てくる竜騎士のごっこ遊びをしていたような、そんな子どものころの夢を。
―――
翌日、妹の言う通りに私は王宮に召喚された。連行ではなく召喚である。正式な呼び出しで、文面も丁寧なものだった。これはかなり重要である。未来の王太子妃を危険な目に遭わせたという点では、私も咎められる可能性があったのだ。しかし召喚状を見るに、その心配はしなくてもよいだろう。ただ、万が一ということもある。念には念をということで、侍女とは別に文官経験のある法律に詳しい従者を伴うことにした。個人名での召喚であるので当主である父は同行できないが、侍女や従者を連れて行くのは慣例上許されている。
ことことと進む馬車の中、私はふうと息を吐いた。
「とはいえ、緊張するものはしますね」
「お嬢様、あまり心配しすぎるとその通りになってしまいます。心を落ち着かせることが肝要でございます。平常心ですよ」
「……ふふ、そうね。頑張ります」
ちなみに、婚約は昨夜の内に正式に破棄された。コリーとヨランダは警備隊に一時間程の聴取を受けたのち家に帰されていたらしいが、彼らはもう、家人の誰にも話を聞いてはもらえなかった。
こちらが引き止めたことによって起きた婚約破棄だからと賠償などはほぼ形だけだが、コリーは貴族登録を抹消されることが決まった。そして、これまでコリーの養育にかかった費用の全てを支払うまでペコラ領での労役が科される。労役が終わり次第放逐となるが、子爵の三男とはいえ貴族の子どもが一人育つ為の予算を労役で稼ぐには何十年とかかるだろう。生きている間に払い終わらない可能性だってあるが、それがコリーのしでかした罪に見合う罰なのだと子爵が判断した。
これは表向き、私への謝罪の為の罰だ。けれど実際は、未来の王太子妃に無礼を働いたことへの罰である。王宮からそれより重い刑罰を言い渡される場合もあるが、先に処罰したので死刑だけは避けてほしいという懇願でもあった。さすがに死刑はこちらも目覚めが悪いし責任を感じるし、何よりペコラ子爵夫妻が気の毒だ。取り返しのつかない無礼を働いたという訳ではない、と思うので大丈夫だと信じたいが……。
そしてヨランダは、昨夜の内に商人の下へ送られた。かなり急なことだったが、あちらの要望だったらしい。いくら女友だちが多い商人でも、彼は若く、また稼ぐ能力の高い人だった。女性関係が派手なくらいで、あとは優秀な商人だ。そんな人がさすがにこんな馬鹿を起こした娘は欲しがらないだろうと、セルペンテ男爵は初め、婚約の解消を求めた。
しかしあちらからの答えは「そちらの手に余るようでしたら、こちらに送って下さればいい」だったらしい。しかも「今後の一切をこちらで管理するし、ユイノウ金も約束通り支払う」とのこと。魔道具越しで聞こえたその主張に、セルペンテ男爵は困惑したらしい。
我が国では、結婚時に必要な金銭は嫁ぐ際に新婦が持たされる持参金が一般的だが、その商人の国では新郎側が新婦の家にユイノウ金というものを渡すものなのだという。駄目押しに「今の内に国外へ逃がせば、少なくともそちらの王族に目をつけられることはないのでは?」と言われた男爵は、泣き叫ぶヨランダを馬車へ押し込み、商人の元へ送ったのだとか。
と、ここまでが、私が父に聞いた話である。ああそうそう、コリーとヨランダが家で軟禁状態であったいうのも聞いたのだった。ヨランダがもうすぐ結婚するのだから、最後の最後で馬鹿なことをしないようにという措置だったらしい。
それが逆に彼らに火をつけることとなり、逃亡を成功させてしまったのだ。彼らは私さえどうにかすればいいと短絡的に考え突撃しにきて、その結果があれだ。珍しく事前に約束を取り付けようとしたのは、一応婚約者であった私に会う為なら外出許可が下りると思ったかららしい。結局私に断られたので自力で脱出したようだが。
そういえば最近、周りが静かだと思っていたのだ。婚約者が実家で軟禁されているのにも気付けない自分には呆れるが、諭しても叱っても閉じ込めても無駄だったのなら、やはり結婚しないでよかったのだろうと思うしかない。この年で婚約者を失ったのは痛手だが、妹の言う通り損切りが遅かった私が悪いのだから仕方がない。
「着いたようですな」
従者がそう言い馬車が止まり扉が開くと、そこには一人の男性が立っていた。




