第四話
「けれど貴女たちは変わらず『自分たちは友人だ』と繰り返し主張なさっていたでしょう? わたくしはそれは認めていたのですよ。だから貴女たちのお付き合いに口出ししたことはないわ。『約束を破らないでほしい』という至極当然なことをお願いしていただけ。お願いすら虐めなどと言われたら、悲しいわ」
悲しいわ、と言いつつ今後は微笑んでみた。ヨランダはもう、顔を真っ赤にしてすごい顔をしている。コリーは反対に顔を白くしていた。
「男女の友情なんて、正直、どうでもいいのです。あろうがなかろうが、わたくしには関係のないことだわ。たとえ、夫となる人に異性の友人がいたとて、それでもよかった。でも貴女たちは結局、友情という言葉を悪用して自分たちの世界に籠って自分たちが不条理と戦っているかのような高揚感を味わう為に、わたくしを利用したというだけだった。ここまで軽んじられる謂れなどないのよ?」
言いたいことをほとんど言い終えて、私はふうと息を吐いた。満足してしまったのだ。昔から我慢していたことを、全て吐き出せた気がした。それは私自身が世間体を気にして言わない選択をしたものばかりだったけれど、もう縁を断つのだから配慮する必要すらなかった。
でも、まだ終わらない。最後の最後で婚約破棄となって被害を被るのはこちらも同じなのだから、この場でいくら顰蹙を買ったとしてももう遠慮はしない。
「ねえ、それよりも貴女。結婚の準備は進んでいて?」
「……」
「質問には答えなさい。そんなことも言われないと分からないの?」
「っ、……す、進んでいます」
「そう、よかったですね。貴女の結婚相手は異性のご友人をとても大切にしている方だとか、きっと話が合うでしょう」
「え、ええ……」
「ああでも、これは勿論ご存じよね。あの方はご友人と夜を明かすことも多い、って。貴女たちの主張とは少し異なるようですけど、誤差の範囲なのかしら」
喉が乾いたからと紅茶を含む。もう冷めきったそれは、それでもまだよい香りが残っていた。
「……は?」
「あら、もしかしてご存じなかった? あの方は、そういう女性をご友人だと仰っているのよ?」
「そ、そんな、そんなの、ふ、不潔じゃないですか……」
「あら、そう? でも距離の近すぎる男女って、いくら友人だと言ってもつまりそういうことだと見なす方は多くてよ。ああ、貴女たちがそうだったとは申しませんが」
最後に付け加えたのは嫌味ではなく、反論の余地を残したくなかったからだ。もうそんな元気はないかもしれないが、この二人は揚げ足取りが上手で何度も苦労させられたからもう反射だった。
「貴女たちはそう見られていたのです。貴女にまともな縁談も出仕の誘いもなかったのは、そのせいです。誤解なきよう言っておきますが、決して我が家は関与していませんからね。もし我が家が関与していて貴女を本当に排除しようと思ったら、この程度では済ませませんでしたよ」
実際、我が家は何度かヨランダを排除しようとしたことがある。当然、その前にセルペンテ男爵にも正式に抗議をした。ペコラ子爵も動いていた。けれど、その度に何かしらの問題が起きるのだ。災害、犯罪、祝い事、突発的な行事に急な社交……。もういっそ、天が二人の邪魔をするなと言っているようなタイミングでのことだ。全てが後手に回り、今日この日を迎えてしまった。
セルペンテ男爵がペコラ子爵と同様にまともであったのも、今回に限り悪い方向に作用した。セルペンテ男爵は王宮に出仕している評判のよい文官だ。我が家からの抗議を受ける前から何度もヨランダに言い聞かせてくれていたらしい。それでも言うことを聞かなかった娘を諦め、国外の商人に嫁がせることを決めたのだ。私と両親に何度も頭を下げながら許しを乞う姿は、あまりも悲しいものだった。
ヨランダはあと一か月もしない内に商人に嫁ぐ予定だ。だから、排除は取り止められた。評判のよいセルペンテ男爵に貸しもできるからと、纏まった話だった。それが、これである。
「……わたくし、貴女たち二人を止めたかったわ。本当ですよ。けれどまあ、それすらもできなかったから、後継から外されたのです」
後継から外されたのは仕方のないことだった。妹が婚約者と二人で継いでくれると言ってくれて、心の底から感謝した。実は、権力を手に入れられなかった者が与えられる悠々自適な生活が、ちょっと待ち遠しかったりもした。けれど、もっと上手く立ち回りたかった、というのも本音である。
ヨランダをコリーの愛人にしてもよかった。友人だというのなら、それでもよかった。ただ彼らがもう少し世間の目を気にして動いてくれていたなら、そう私が持っていけていたなら、と何度考えたかしれない。でも、そうはならなかった。それはただただ、私の力不足なのだ。
正直、こうなる可能性はそれなりにあるのだろうと覚悟はしていた。それでもヨランダが嫁いでさえしまえばコリーも少しは落ち着いて、後継になれなかったなりに伯爵家で働くのではないか、なんて甘い考えがあったことも否定できない。私も所詮、まだ子どもだったということなのだろうと自嘲する。
「それでは、わたくしは帰ります。ごきげんよう」
これ以上は無意味だと立ち上がる。二人は黙り込んでしまって、私ももう話すことはない。折角途中までいい気分だったのに、今は少し苦々しい。やりすぎてはいけなかったのだろう。自分にも返ってくることだったから。
もう二度と会うこともない。そういう雰囲気で踵を返そうとした私は、けれどそうはできなかった。
「ま、待ってくれ、ペトラ! それじゃあ、僕たちはどうなるんだ!」
さすがに、目が見開く。驚くと人間、そうなってしまうようだ。しかし、どう返答するのがいいのか一瞬でも迷ってしまったのはいけなかった。コリーが立ち上がり、あろうことか私の手を掴んだのだ。侍女の息を吞む音が聞こえた。私の護衛はカフェの外で馬車と共に待機しているから、この場にはいないのだ。
「……」
「僕は君と結婚できなかったらどうなるんだ。ヨランダだって、そんな奴と結婚してしまったら……。なあ、どうにかしてくれ、頼むよ! 僕らずっと婚約者だったじゃないか!」
「……放してください」
「嫌だ! 君が頷くまで、僕らのことを助けてくれると言うまで放さない!」
ここまで馬鹿だったとはと、絶句してしまう。自家より爵位が上の家の者に、こんな乱暴をするなんて、ここまでだったとは。
魔法で突き飛ばす? それとも警備隊を呼ぶ? これ以上の恥を話題として社交に贈る羽目になるのに?
咄嗟に保身に走った私は、極度の混乱に陥っていた。私の判断を待っている侍女にも何の指示も出せない。けれどそれは、一瞬のことだった。
「あだぁっ⁉」
気品あるカフェに相応しくない悲鳴は、コリーから発せられたものだった。彼は今、突如として現れた男性に腕をひねり上げられている。警備隊の隊服を纏ったその男性は、無表情のままでコリーを見下ろしていた。知らない人であるのにどこかで見たことがある気がするのは、警備隊の警邏の時にでもすれ違ったことがあるからだろうか。
「……婦女子の茶会に乱入した不審者がいると聞いてきたのだが、不審者ではなく犯罪者だったな。連れていけ」
男性がそう命じると、控えていたらしい警備隊がコリーとヨランダを連れて行ってしまった。




