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友人だと言われて諦めた初恋は、婚約破棄からまた動き出すようで  作者: と。/橘叶和


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3/11

第三話

「ですが貴方のたび重なる不始末や無作法を重く見て、後継に据えることは既に中止されていました」

「そ、そんなこと、僕は聞いていない!」

「そちらの家のことは存じません。ペコラ子爵にお聞きください」



 これが不思議なのだ。ペコラ子爵がわざと教えなかったとは思えないが、コリーが聞いていなかっただけなのだろうか。それとも何か理由があるのか。まあ、どちらにしてもそれを他人である私が察する必要はないだろう。



「けれど、婚約は続行していたのですよ。ペコラ子爵は夫人とご長男を伴って我が家に訪れて繰り返し謝罪くださり『こちらの有責で破棄してください』と仰っていましたが、父は続行の判断をしました。わたくしも同意しました。残念なことに今更新しい婚約者を探すより、お飾りの夫を迎えたほうが外聞がよいですから。このご時世に成人していつまでも未婚でいる勇気はわたくしにはなかったもので」

「……お、お飾り、だって?」

「あら、貴方、わたくしの本当の夫になるつもりがあったのですか? それは初耳です。ですが、このまま婚約が続いていたとしてもわたくしたちは白い結婚でしたよ」



 伯爵位を継がせないのなら、わざわざコリーとの子が必要になる場面もない。だから、結婚したとして異性のお友だちといくら遊んでいても構わなかったのだ。ヨランダが国外に出されるのは想定していなかったが、別に新しく女友だちを作ってくれてもよかった。


 男女の友情が破綻し、もし子どもができたとしてもコリーも私も伯爵位を継がないのだから、アルマトゥーラ伯爵家が処理しなければならない問題にはならない。たとえ庶子が生まれても認めない。血も我が家のものは一滴も入らないのだから当たり前である。子どもが可哀想かもしれないが、それは作った者の責任であるので私がそこまで面倒を見てやる義理はない。コリーがコリーに与えられる筈だった金で責任をとるべきで、そこに口出しするつもりもなかった。


 また、白い結婚であれば我が国では三年で離縁が認められる。けれど、証明だってしなくてもよかった。明らかに面倒な夫になりそうなコリーであったけれど、夫がいる、というのは貴族女性にとって重要なことだ。コリーが決定的な間違いを犯さず、その上で伯爵家からの放逐を恐れて離縁を求めないのであれば、私の夫のままで生涯を終えさせてもよかった。伯爵位を妹夫婦に譲ったとしても、私も当主代理ができる程度の教育は受けている。妹夫婦を助けながら、のんびりと生きていくつもりだった。


 しかし、コリーはたった今、決定的な間違いを犯した。今回は相手が悪すぎた。まあ、ペコラ子爵夫妻からも「次、何かやらかしたら必ず婚約は破棄させる」と念押しされていたから、粗相をした相手が【王太子殿下の婚約者であるルーチェ公爵家のダコタ様】でなくとも婚約の継続はできなかっただろう。あちらももう、恥の上塗りはしたくないらしい。こうなると無理を通したのはこちらなので引き止めることはできないし、さすがにするつもりもない。



「それで、ええと、なんでしたかしら。……ああそう、それで貴方が今回またこんなことをしでかしましたので、婚約は破棄です。わたくしたちは結婚しません。よかったですね、辛かったのでしょう。もう泣かなくていいですよ」



 ことの顛末を伝え、にこりと微笑んでやるとあれだけ威勢のよかったコリーも絶句した。けれど、今度はヨランダがいきり立つ。



「っ、ペトラ様はどうしていつもいつもそうやってコリーを虐めるんです!」

「……」

「いつだってそう! 怖い顔をして、笑っているのに目は怒っていて、コリーはずっと悩んでいたんですよ! わたしと会うのだって、やめたほうがいいんじゃないかって迷って! でも、そんなことしたら逆に疚しいって言ってるようなものだって、二人で乗り越えようって! きっと分かってもらえるって! だから――」



 あまりにも聞くに堪えなくて、私は思い切り手を叩いた。随分といい音がして、ヨランダも目を丸くしてやっと黙った。……少し痛いが、必要な犠牲だっただろう。



「お黙りなさい、ヨランダ・セルペンテ男爵令嬢。わたくしは一度だって貴女の発言を許した記憶はありません」

「なっ」

「お黙りと言ったのです。そもそも、貴女には名で呼ぶことも許した覚えはありません。婚約者の友人だというからその顔を潰さない為に仕方なくこちらが黙って差し上げていたというのに、その配慮に気づくこともなく調子に乗って……。男爵家の娘風情が、身の程を弁えなさい」



 私の後ろでヨランダに厳しい視線を送りつつ控えてくれている侍女は、とある男爵家の次女である。伯爵家の娘である私の侍女となるのは、貴族の娘でなければならなかった。平民に高位貴族の身の回りの世話をさせることは滅多にない。


 男爵家や子爵家の子どもは高位貴族の使用人となって行儀見習いをするのが、この国では一般的なのである。特に、次男次女以下の子どもは爵位も土地も継げないことが多いので、食い扶持を探すという側面もある。長男長女であってもコネクションを広げるという点では重要な期間だ。伯爵家や侯爵家の高位貴族の子どもも次子以降は王宮で王族に仕えることがあるが、彼ら彼女らにも専属で仕える人がいるのだ。子爵以下の出仕とは話が違う。


 つまり、本来我々にはその程度の身分差があるということだ。ヨランダもコリーもそれをいつまでも理解しなかったが、さすがに一喝が効いたのか、それとも侍女の視線にやっと気づいたのか、慌てて口を噤んでまたばっと下を向いた。



「けれど、そうね。貴女と会うのもこれで最後でしょうし許しはしませんが、先程のどうして、には答えましょう」



 カフェはもうずっと静まり返っている。いや、さすがに小さな話し声や物音は聞こえるが、騒いでいるのはこのテーブルだけだ。きっと明日には、この騒動は貴族たちの間で面白おかしく語られるのだろう。しかしまあ、そんなものは時間が解決してくれる。噂なんて、次のそれが現れた瞬間に皆忘れるものなのだから。



「『どうしていつもいつもそうやってコリーを虐める』ですが、明確に否定いたします。虐められていたのはわたくしですから。ああ、反論は許しませんよ。そのまま黙っていなさい。コリー・ペコラ子爵令息、貴方もですよ。発言を禁じます」



 実際、ただの伯爵家の娘というだけの私にこの二人の発言を禁じる権利があるかと問われると、微妙なところではある。場合によっては確実に眉を顰められるような行為だろう。けれど、不文律というものは存在する。二人がずっと無視し続けたそれは、貴族社会で生きるのは必要な常識だった。



「わたくし、何度も貴女のせいで子爵令息に約束を反故にされましたわ。こちらが先約であっても『大切なヨランダが困っているんだ』と言い張られて、初めはすごく困惑しました。しかもさっきは『僕はいいんだ』なんて大声で怒鳴られて、恐ろしかったですわ。何が怖い顔をして、かしら。わたくし、貴女たちの前で声を荒げたことすらなくてよ」



 わざとらしく悲しそうな表情を作ってみせたのは、嫌味である。ヨランダはそれを正しく受け取って目の奥に怒りを宿したが、コリーは何故か傷ついたような顔をした。まさか今になって罪悪感に目覚めたなどと言うのならコリーは頭がおかしいが、まあ、それこそ今に始まったことではないかと無視した。



「伯爵家の跡取り娘であるわたくしが男爵家の娘程度に遅れを取っている、なんて心ない噂も出回りましたわ。社交に出るのが億劫になることもありました。貴女たちはわたくしをそういう立場においやっていたのです」



 これは周りで聞き耳を立てている人への嫌味も兼ねている。全員ではないだろうが、この場にいる内の何人かは身に覚えのある話だろう。

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